「日本はまさに今、ブレイクスルーのときを迎えています」
経済成長の軌道を描けず、長期的なデフレから脱却できない日本。他国からは「ジャパナイゼーション」(経済の日本化)とも評されるなか、サイマ・ハサンが口にしたのは意外な言葉だった。
サイマは米シリコンバレー発のベンチャーキャピタル(VC)、エボリューションの共同創業者で、インドで女性たちの就労訓練プログラムを提供する非営利団体ロシュニの創業者でもある。2024年にはシリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム(SVJP)の共同議長に就任した。
SVJPは米日カウンシルと現・公益財団法人国際文化会館の共催で16年8月に発足した団体だ。日本の大企業のCEOとシリコンバレーのリーダーたちとの交流を通じて、グローバルなイノベーションと企業連携創出の架け橋になることを目指す。
「シリコンバレーで大きな存在感を示しているのがインドだ。日本とシリコンバレーを、インドというスパイスを使ってつなぐことは彼女にしかできないだろう」
同時期に共同議長に就任したブイキューブ代表取締役会長の間下直晃は、サイマの存在意義をこう語る。
インドにルーツがあり、シリコンバレーや日本に幅広い人脈をもつサイマはまさに日米印の架け橋となるキーパーソンだ。しかしなぜ、彼女は「日本がブレイクスルーのさなかにある」と断言するのか。その理由として、サイマは日本政府のスタートアップ・エコシステムへの積極投資やシリコンバレーで戦略的パートナーシップを結ぶ日本企業の増加、世界の大手テクノロジー企業からのインバウンド投資の額などを挙げる。「日本企業はAI、DXの波に乗り遅れてきましたが、近年変わりつつあります。日本は保守的かつ堅実であると同時にリスク選考的でもあります。日本の未来を楽観視しているのは、こうした絶妙なバランス感覚を備えている国だからです」。
実は、サイマにとって日本は、人生を賭けて成し遂げたい目標を達成するための鍵を握る存在でもある。それは「日米印をつなぐ架け橋になる」といった単純な言葉でくくれるものではない。エボリューション、ロシュニ、そしてSVJP。サイマがかかわるプロジェクトはすべて、あるひとつのゴールに紐づいているのだ。
米・印で日本のDXを加速する
サイマは、インド出身の移民として、シリコンバレーで働く両親のもとに生まれた。彼女にとって、シリコンバレーの起業家たちはとても身近な存在だった。サイマの曽祖父はインドの藩王国の王で、多くの人たちに教育や医療、平等な機会を与える活動に熱心だったという。祖父はインドの教育大臣や西ベンガル州の州知事、駐ソ連インド大使などを歴任した有力者だった。インドにはじめて日本企業を誘致した立役者でもある。学校が休みになると、サイマは毎年のようにインドに遊びに行き、祖父といろいろな話をした。