経営・戦略

2024.09.02 13:30

「バタフライ時代」の戦略思考:田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

今年7月は、仕事で米国のロサンゼルスに出張していたが、滞在していたホテルに、突如、友人から電話があった。
 
電話に出ると、「いま、ドナルド・トランプが銃撃された」とのこと、すぐにテレビをつけたが、生々しい現場の映像が、繰り返し流されていた。この銃撃事件では、トランプは耳に傷を負っただけで済んだが、世界中の多くの人々が感じたように、もし、この銃弾が、わずか1インチ、右に逸れていたなら、確実に歴史が変わっていただろう。
 
1981年、当時のロナルド・レーガン大統領も、胸を銃で撃たれたが、これも、銃弾がわずかに逸れただけで、彼は命を失い、その後の東西冷戦終結など、様々な歴史が大きく変わっていただろう。

このように、銃弾が1インチ逸れただけで、歴史が変わるような状況は、「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークでハリケーンが起こる」という比喩とともに「バタフライ効果」と呼ばれているが、それは、「社会の片隅の小さなゆらぎが、社会全体に大きな変動をもたらす」という状況とも言える。

特に、現在の社会は、高度に複雑化した「複雑系社会」(Complexity Society)であるため、この「バタフライ効果」がしばしば起こり、極めて深刻かつ重大な影響を社会に与えるものとなっている。
 
では、この「複雑系社会」において、我々は、いかなる問題に直面するのか。端的に言えば、「予測」や「計画」というものが、意味を持たなくなる。なぜなら、社会の片隅で偶発的に起こる出来事、「小さなゆらぎ」によって、社会全体に「大きな変動」が起こるため、その社会の未来を「予測」し、その予測に基づいて「計画」を立てることが極めて難しくなるからである。
 
実際、現在、米国では、共和党トランプと民主党ハリスの大統領候補が激戦を繰り広げているが、どちらが勝利するかによって、今後の世界は、そして歴史は、大きく変わる。では、この「予測」や「計画」が難しい社会や市場において、企業の経営者は、どう処すべきか。

まず、「戦略思考」を変えることである。具体的には、従来の「山登りの戦略思考」と呼ぶべきものを改めることである。
 
すなわち、「山登り」においては、地図を広げ、山頂へのルートを定め、そのルートを計画的に登っていくが、そうした古い発想の戦略思考を捨てることである。なぜなら、この複雑系社会においては、その「地図」や「地形」そのものが、偶発的に刻々と変わってしまうからであり、しかも、それが、どのように変わるか、予測できないからである。
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文=田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年10月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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