麺はたった7本!
例えば筆者は取材のため先日、北イタリアの高級リゾートMy Arborを訪れた。そこは一泊数十万円という富裕層向けの高原リゾートで、絶景を誇るレストランがあり、イタリアの中高年夫婦が至福のバカンスを過ごす場所だ。すべての宿泊者には同一の約2万円のディナーコースが提供されるのだが、なんとそのディナーの前菜に「ラーメン」があった。「ラーメンが前菜」という不思議な立ち位置も驚くが、ドレスアップしたイタリア人老夫婦の麺をすする姿が新鮮だった。
子連れ禁止の高級レストランである。しずしずと運ばれてきた一品からは、椎茸の仄かな香りがする。数本のスバゲッティのような麺、小さなズッキーニと、刻みネギが美しく散りばめられている。ぷかぷか浮いているその麺は、数えてみると、なんとたった7本しかなかったのである。
ここで肝心であることは、果たして本物の「ラーメン」であったかどうかではない。
それが近年まで「マンガ」「アニメ」「ゲイシャ」といったキーワードで若者を魅了してきたニッポンという国が、その若年層向けイメージから脱皮しようとしているワンシーンだったということだ。
白い陶器のなかでは、椎茸が香る出し汁に加え、ガルダ産エキストラ・オリーブオイルがブレンドされている。その一流のシェフが丹精を込めてつくる「ラーメン」は、日本伝統食材の粋を集めてイタリアンと融合させた、麺よりも出し汁を味わう逸品だったのだ。
安全に金を落とせる島国、ニッポン
いま日本を訪れる富裕層は、秋は京都の高級旅館や、冬はニセコで、気前よく円を落としていく。欧州におけるニッポンのイメージは刷新されつつある。ウクライナ戦争や中東紛争を始め、物騒になっていく情勢のなか、ニッポンという国は安全に金を落とせる島国だ。そしてフェラーリを路上駐車できる数少ない国である(ローマでは数時間で盗難にあう)。東京は高級時計のパテック・フィリップを腕につけて歩ける都市である(パリでは絶対にやめたほうがいい)。ところでよくイタリアの富裕層がレストランで口にしている「WAGYU」という代物は、本当に日本から遥々運ばれたものなのだろうか?
たいていの場合、それは、否である。
海外で提供されている「和牛」のほとんどは、オーストラリア産かアメリカ産だ。本物の日本産黒毛和種であることは、滅多にない。実は和牛由来の遺伝子含有率が50%以上なら、どこの国の牛であっても「和牛」になってしまうという事実がある。
だからよくイタリアの裕福なひとびとは、神戸からはるばる運ばれた和牛と思って有難く一皿一万円を払い、豪州産牛肉を食べている。「ニッポンの和牛」はステータスシンボルになりつつあるのだ。