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2024.08.23 20:00

なぜ日本企業にESGが浸透しないのか ビジネスモデル変革の必要性

2024年7月、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社が発表した「M&AにおけるESGトレンド調査2024 日本版」にて、ESGがM&Aに与える影響に関する調査結果が報告された。

ESGが経営イシューとして重視される現在、日本企業に必要とされる「変革」とは——。経営共創基盤グループ会長の冨⼭和彦とデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー サステナビリティアドバイザリー統括の大塚泰子が語った。


デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーが発表した「M&AにおけるESGトレンド調査2024 日本版」は、グローバルで調査したESG要素がM&Aに与える影響に関する報告に加えて、日本企業から収集したデータをもとに日本市場における現状をまとめている。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーのパートナー・大塚泰子が概説する。

「私たちサステナビリティアドバイザリーチームは、ESG目線での事業ポートフォリオ最適化に向けたご支援をしています。M&AにおけるESGの重要度がグローバルで高まるなかで、クライアント企業に対して成長戦略の見直しから新たな業績の評価指標の策定、M&A取引に関する支援、つまり戦略からM&A支援までを一気通貫で手がけられることが私たちの意義だと考えています。

そのうえで現状、日本ではM&AにおけるESGの重要性が比較的低く捉えられていることが本レポートから明らかになりました。M&A戦略において、ESG要素を高く評価している企業は欧州中東が64%であるのに対し、日本は22%と、ほかのAPACと比べても著しく低かったのです。さらに、事業売却においてESGプロファイルが原因で買い手から否定的なフィードバックを受けて売却を断念したケースは全体の62%にまで達しています」(大塚)

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一方、ESGプロファイルの向上のためのM&Aは、回答した日本企業の7割前後がすでになんらかの取り組みを実施しているという。「企業価値評価にESG要素が影響を与える」といった認識も約7割が同意するなど、すでにESGへの意識醸成が進んでおり、興味深いギャップがあると、大塚は指摘する。

M&AにおけるESGトレンド調査 2024 日本版 P33より

M&AにおけるESGトレンド調査 2024 日本版 P33より。ESGプロファイル向上のための資産の買収をしたと回答した数はグローバルに日本が劣ったものの、そのためのターゲットを探索中であるとの回答は日本がグローバルを上回る結果となった。

日本の経済界でESGの重要性が軽んじられる現状について、コンサルティング事業を展開する経営共創基盤グループ会長の冨⼭和彦は次のように話す。

「本質的な問題として、日本企業はESGが描く価値観や世界観を主体的に取り入れようとする態度を取っていないということが言えると思います。日本の歴史を振り返っても同様で、コンプライアンスやガバナンスといった概念が外圧的に作用し、大慌てで導入した過去からも明らかです。欧米が定義した価値観や規範をしっかりと理解せず、自分たちの意見をもたないままに採用してきたのです。

この背景として、今までの日本企業は同質的なメンバーでオペレーションを改善することによって成功モデルを築いてきたことが挙げられます。自動車産業などが典型的で、オペレーション・エクセレンスによって他社よりも良い商品を輸出して業績を上げる競争モデルで成功しており、それは今でも一部では有効に機能しています」(冨山)

競争モデルを洗練することで経済立国となった日本だが、近年はデジタル化の波やESGやサステナブル、ダイバーシティといった概念がビジネスでも重視され、市場のゲーム自体が変わり始めている。昭和の競争モデルが衰退するなかで、現代的なグローバル企業への変革を図れている企業はそう多くないと、冨山は言う。なぜなら、旧来の成功モデルから脱却し、十数年をかけてのコーポレート・トランスフォーメーションを進めるのはリスクが高く、これまで競争モデルで成功してきた経営層の価値観も根強いからだ。

「ESGにフィットした組織づくりというのは、実はビジネスモデルを含めた根本的な会社の改造を求められます。短期的な戦略とビジネスモデルの変革とでは、時間軸は大きく異なるのです。例えば再生エネルギーの世界におけるビジネスモデルを構築するといったことを行うためには、組織モデルから変える必要があり、数年単位ではなく十数年単位での変革が求められるのです」(冨山)

「ESG投資は儲からなくていい」という誤解

ESGプロファイル向上のためのM&Aも、まさにESGにフィットした組織変革を目指す施策の一環と言えるだろう。しかし、日本の経済界では「ESGへの投資は儲からない」と多くの企業が考えていると、大塚は話す。

「日本企業の多くが『ESGに対応することはコストにしかならない。さらにESGを事業として成立させることも難しく、当然事業投資にも躊躇してしまう』という状態です。デジタル・トランスフォーメーションという言葉が流行ったときにも同様でしたが、こうなってしまう原因はおもに2点あると思います。1つ目は短期間でのROIを求めすぎるということ、2つ目は特定の部署や業務プロセスのみに適応するため当然ROIが低くなるということです。スモールスタートで試してみる、というのは悪いことではありませんが、結局実証実験(PoC)レベルで終わってしまうことが日本企業では多々あります。先ほどの冨山さんのお話でもありましたが、ビジネスモデルを変えるというのは、長期的かつ大きな取り組みでなければいけません」

大塚泰子(デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー)

大塚泰子(デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー サステナビリティアドバイザリー統括)

「ESG投資は最も長期的に時間のかかる投資であり、そもそもESGの議論自体が現行事業で稼げているという前提で行われています。現在、エネルギー領域では核融合関連の事業に対して、グローバルで莫大な投資がなされています。この背景にはAIの進化などで深刻化する電力問題があり、将来的な社会や事業の持続性を担保するため、ひいては膨大な富を生むとされているからです。

つまり、ESG投資はすごく長い時間軸で見たときの巨大な投資なのです。しかし、こうしたイノベーション投資は成功するとは限らず、リスクの高い投資でもある。この投資原資を今の事業で稼ぐためには、できるだけ無駄を省き、儲からない事業は止めて生産性の低い人材には退場してもらうしかない。欧米企業がESG投資に積極的にコミットできるのは、圧倒的なキャッシュフローをつくることができているからです。投資のためのキャッシュフロー創出力を上げるためにも、組織改革が求められています」(冨山)

加えて、日本の経済界のなかには、江戸時代の経営哲学である売り手・買い手・世間いずれも重視する「三方よし」の考えを援用し、そもそも日本的経営はESGにフィットしている、といった言説がまかり通っていることも改革が進まない要因になっていると冨山は指摘する。

「従来の日本的経営が人を大事にして社会性や公益性を優先していたという考えは完全に間違いです。昭和の企業モデルは、女性社員は結婚による早期退職を前提としていましたし、下請けや非正規社員の悲惨な労働実態があるなど、大企業の男性正社員のための仕組みでした。70年代半ばまで日本でも多くのテロが起こっていたことが象徴するように、そこには搾取や大きな歪みがあったのです」(冨山)
M&AにおけるESGトレンド調査 2024 日本版 P31より

M&AにおけるESGトレンド調査 2024 日本版 P31より。アジア太平洋地域のなかで日本は他国に比べ、ESGを戦略的に重視していないという結果が得られた。

日本企業に必要な変容とESGの捉え直し

ここまで見てきたように、ESGの価値が増す社会において、旧来までのビジネスモデルや企業組織からの抜本的な変容(トランスフォーメーション)が喫緊の課題となっていることは明らかだ。今後のグローバルでの勝ち筋として、日本企業自体が常に変化し続けなければならないことに、冨山も大塚も言を俟たない。

そして、コーポレート・トランスフォーメーションを成すために重要な要因を、冨山は次のように挙げる。

「事業論や戦略論という観点からは、事業モデルの変革は必然であり、経営者が冷徹にやれるかどうかが重要です。日本企業では改革にあたって、現場の声をすくい上げてコンセンサスをとった結果、改革が進まないということが往々にしてあります。また、すぐに実行可能性の検証を行う傾向もあります。しかし、日本によくあるコンセンサス型の意思決定では変革は進まないのです。

また、組織論の観点では、企業内の人材の入れ替わるペース、つまり企業の新陳代謝を上げる必要があります。日本の有名企業の離職率は約2〜3%ですが、外資系や欧米の企業の離職率は5〜10%前後とされています。企業しかり人間しかり成長には新陳代謝が必要で、一般的には若い人のほうが新しいスキルやデジタルに適応する能力も高い。事業モデルが変わっていくなかで、生産性の高い仕事をするためには、結果としてジョブ型や成果能力主義などが求められます」(冨山)

後者は、終身雇用や年功制といった日本の法律や文化と根強く結びついた部分でもある。大塚はこうした議論を受けて、「ESGの観点を導入することによって、人的資本の多様性、流動性やキャッシュフローを生み出すための経営効率化、そして日本のビジネス文化自体をグローバルに適応する形で大きく変えていける可能性がある」と強調する。

M&AにおけるESGの重要性から日本のビジネス文化を見ていくことで、今後、日本企業がグローバルで生き抜くために必要な「変革」の姿が見えてくるはずだ。


デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
>>M&AにおけるESGトレンド調査 2024 日本版



とやま・かずひこ◎ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年に産業再⽣機構設⽴時より参画し、COOに就任。解散後、2007年に経営共創基盤(IGPI)を設⽴し、代表取締役CEO就任。20年よりIGPIグループ会⻑。パナソニック社外取締役、メルカリ社外取締役。⽇本取締役協会会⻑。内閣官房新しい資本主義実現会議有識者構成員、内閣府規制改革推進会議議長代理、金融庁スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、国土交通省インフラメンテナンス国民会議会長、ほか政府関連委員を多数務める。


おおつか・たいこ◎デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 パートナー サステナビリティアドバイザリー統括。総合系グローバルコンサルティングファーム、外資系ITコンサル企業を経て、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーに入社。17年超に渡り、新規事業戦略策定、中長期の成長戦略策定、中期経営計画検証、ビジネス・デュー・デリジェンス、経営統合支援といった領域に携わる。2021年から、外資系ITコンサル企業において、サステナビリティーコンサルティングの日本支社における立ち上げおよびフォーカルリーダーとして活動。22年から1年間、前職にて米国ニューヨーク州本社勤務。
https://www2.deloitte.com/jp/ja/profiles/dtfa/taiko-otsuka.html

Promoted by デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 / text by Michi Sugawara / edited by Akio Takashiro