同ホテルが打ち出すのは、従来のホテルにはない新しい視点でのホスピタリティと宿泊体験。霞が関キャピタル株式会社ブランドアンドマーケティングディレクター・淺井佳にその中身を聞いた。
「当社がホテル事業に乗り出したのは2018年あたり、国策としてインバウンドの誘致が熱を帯び始めた頃です。一方、日本にはある宿泊課題がありました。それは、ホテルの選択肢が星付きホテルか、ビジネスホテルかの2択に偏っており、家族・グループ旅行に対応した多人数向けの客室を備えるホテルが不足していること。ひと部屋に3人以上泊まれる宿泊体験が求められているのではないか――そんな仮説のもと、『fav』は立ち上げに至りました」
そう語るのは、同ホテルのブランドアンドマーケティングディレクターの淺井佳(以下、淺井)だ。3人以上の宿泊や連泊需要に応えるべく、客室の広さは平均35 ㎡超、バンクベッドと呼ばれる広々とした二段ベッド、簡易キッチンや洗濯機を備えているという。
2020年、飛騨高山に1軒目をオープンして以降、高松、熊本、伊勢と西日本を中心に展開し、現在は上位ブランドのホテル「FAV LUX」「seven×seven」も含め、北海道と東京以西に計13施設(24年8月末時点)を擁する。
「コロナが明けてからは、アジアからの家族旅行で訪れるお客様が増えています。国内のお客様では3世代のご旅行で宿泊されるケースも。当ホテルのDOR(1室あたりの平均宿泊人数の指標)の数値は、3~4。当初に立てた仮説は正しかったと証明されつつあります」と淺井は自信をのぞかせる。
こうした新しい視点を活かしたホテル設計はハード面だけにとどまらない。同社では開業時からサービスやホスピタリティ面でのイノベーションも積極的に推進してきた。無人チェックイン機の導入やルーム清掃をチェックアウト時(連泊の場合は3日に一度)に行うといった、“省人化オペレーション”によるシンプルで最小限のサービスを徹底しているのだ。非接触という意味では、コロナ禍において特にフィットしたと思われる。しかしコロナが明けたいま、淺井はこの仕組みが新たな価値創出に繋がっていると説明する。
「サービスをシンプルにすることで、お客様はより自分たちのペースで、自分たちらしいホテルステイを楽しむことができます。星付きホテルや高級旅館のような至れり尽くせりのサービスは、ときに押しつけがましさ、窮屈さを覚える人もいることでしょう。何より、このスマホ時代、たいていのことはお客様ご自身で解決できるため、むしろ最小限のサービスの方がお客様は自分らしく自由に過ごすことができる。それでいて人件費を下げることもでき、結果としてお客様には手頃な宿泊価格でご提供できるというメリットもあります」
ゆえに、「fav」の宿泊客はフロントで長々と説明を聞かされたり、ルーム清掃の時間を気にして行動を縛られたりしない。ホテルについて知りたいことはQRコードをスマホで読み取り、客室でうっかり食べこぼしたら、ルーム清掃を待つのではなく、自分で備え付けのハンディクリーナーでさっと掃除する。誰にも邪魔されずに自分の好きなペースでホテルステイを堪能するのである。
「我々は時代性や個人にフィットしたこのホスピタリティのあり方を『セルフホスピタリティ』と呼んでいます。お客様の自由を尊重することで、グループステイの楽しさだけでなく、快適さ、利便性をも提供できると考えています」
ヘラルボニーとの協業でボーダーレスな世界観を表現
「fav」ブランドは、タグラインとして「みんないれば、もっと楽しい。」を掲げる。「当社が目指すのは、あらゆる人に開かれた、老若男女を含めた『みんな』が一緒に楽しく泊まれるホテルです。そのため、同じ部屋にいながら各々が快適に過ごせるように、客室にはさまざまな工夫を行っています。
例えば、バンクベッドは上段下段ともに十分な空間を確保することで圧迫感を感じさせないつくりにし、ベッドとベッドの間に本棚を置いてプライベートスペースを生み出す。室内やベッドまわりの照明は細かく調節できるようにしているので、就寝時間がバラバラでも困らないようにしています。『みんな』のそれぞれのニーズに応えるため、客室設計は特に研究を重ね、改良を続けています」と淺井は話す。
キーワードとなる「みんな」の中には、障害のある方も当然含まれる。その想いを体現したいと、約3年前から株式会社ヘラルボニーとのコラボも開始した。ヘラルボニーは、知的障害のある作家とアート作品を「異彩作家」「異彩アート」とし、それらをライセンスビジネスで展開する企業だ。淺井は、「異彩アート」から発せられるパワーにまず圧倒されたといい、ヘラルボニーのビジョンにもしびれたと話す。
「彼らが行うビジネスは、支援・貢献文脈ではなく、経済活動文脈に知的障害のある方を組み込むもの。そのため、展開するプロダクトやイベントはお涙頂戴的なものではなく、純粋にプロダクトとしてかっこいいか・素敵であるかに強くこだわっている。私はそこに深く感銘を受けましたし、当社の『みんな』の輪の中に分け隔てなく障害のある方も入れたいという考えとの重なりも感じました」
そんな淺井の共感は社内にも広がった。そして誕生したのが「ヘラルボニールーム」だ。「異彩作品」をカーテン、クッション、テーブルウェア、壁掛けアートなどにセンス良く取り入れた客室で、2022年に開業した「fav 広島スタジアム」で実現させてから、すべての「fav」ブランド施設で展開している。
「異彩アートで彩られた『ヘラルボニールーム』では、ホテルの醍醐味である非日常感をより色濃く味わってもらえるもの。現在、この部屋の宿泊費の一部を異彩作家に報酬として支払っています」
今後は、さらに深い部分で両社の目指すビジョンが重なろうとしている。
協業企業と互いの強みを出し合い、スケールを目指す
「fav」ブランドでは、ホテルの醍醐味である「非日常感」を演出し、ホテルステイをより豊かなものとするため、今後もさまざまなコンテンツホルダー企業とタッグを組んでいく。「この冬に開業予定の『FAV LUX 鹿児島天文館』では、食・ファッション・アートなどをコンテンツに遊び場を創造するトランジットジェネラルオフィスと組んで、桜島を一望できるルーフトップバー&ビストロをオープンします。また、来年夏以降に開業予定の『FAV LUX 小豆島』ではソルト・グループと協業し、彼らが運営する千葉県の人気スパ&レストラン「edēn」の2つ目の拠点をオープンする予定です。宿泊以外の要素でも、『非日常』を盛り上げたい」
年間で国内に4~6施設を次々に開業するという、ホテル業界では目覚ましい成長を続けている同社。今後はこうした協業先企業と互いの強みを出し合いながら、一緒にスケールしていくことを目指す。この先の見通しについて、淺井は次のように話した。
「今後は、これまで展開できていなかった東北地域での開業を見込んでいます。今後も、従来のホテルとは異なる、『fav』ブランドならではの強みや世界観を大事にしながら、日本各地で豊かな宿泊体験を提供していきたい」
日本の観光需要の高まりに呼応するかのように加速的展開を続ける「fav」。これからも目が離せない。