インタビューの連載初回となる本記事では、独自の「環境移送技術®︎」で生物多様性の保全に貢献するベンチャー企業・イノカ代表取締役CEOの高倉葉太に話を聞いた。
Audiが推進するサステイナブルな取り組みに共鳴するイノカの視点から、生物多様性とビジネスの理想的な関係を模索する。
独自技術で新たな選択肢を提示する
地球上には無数の動植物が存在し、それらが多様かつ複雑に関わり合うことで安定した環境が維持されている。こうした「生物多様性」を保全することは、私たち人間が永続的に活動していくうえでも非常に重要な課題だ。しかし、人類には快適さを求めるあまり、豊かな生態系を破壊してきた歴史がある。人間社会の発展と生物多様性はトレードオフなのだろうか――。ここに“共栄”という新たな選択肢を提示するのが、2019年に設立された株式会社イノカである。同社のコアテクノロジーである「環境移送技術®︎」は、海をはじめとした水域の自然環境を、水槽を用いて陸地で再現する独自の技術コンセプト。自社開発したAI/IoTデバイスによって水質・水温・水流・照明環境・微生物を含む生物同士の関係性など、自然を構成する要素を構造化し、実際の環境に近い状況を作り出す。
「私たちの技術があれば、実験や解析に適した『標準的』かつ『安定・均一』な環境を、立地を選ばずに構築することができます。つまり、外部的な要因が海洋の生物多様性に与える影響を水槽内でシミュレーションすることが可能ということです」
こう語るのは、創設メンバーであり、代表取締役CEOを務める高倉葉太。彼は、サンゴ礁の生態系を水槽内に再現する試みに注力してきた。サンゴ礁は多くの生き物に住み家や産卵場所を提供しており、海洋生態系のインフラとして重要な役割を担っている。そのため、海洋の生物多様性を定量的に評価するための大きな指標になりうるのだという。2022年2月、同社は「環境移送技術®」を活用し、世界で初めて真冬に人工環境下でエダコモンサンゴの産卵を実現するに至った。さらに、こうした独自技術を活用して企業の経済活動が環境に与える影響を評価し、課題の解決、および事業の成長に向けた提案を実施している。
環境保全のトレンドは“脱炭素”から“生物多様性”へ
これまで、環境問題に関連したトピックの中心には“脱炭素”があった。異常気象や気候変動など、地球上に暮らす私たちが避けては通ることのできない課題の最たる要因は温室効果ガスにあるとされてきたのだ。話題が生物多様性へと切り替わり始めたのは、2020年以降のこと。国連主導によるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の発足が大きな契機になったと高倉は振り返る。「TNFDは、企業や金融機関が、自然資本や生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価・開示していくことを目的として設立された国際的な組織です。地球に異常が起こり、豊かな自然や生命が脅かされている現実がある。その原因を温室効果ガスに絞って改善を図っていたのが脱炭素の時代でした。しかし、実際にはもっと俯瞰的な立場から自然環境を評価する必要があった。この評価について、生物多様性を指標として活用できるのではないかという考えが広がりました」
自宅で飼っているメダカに元気がないと感じた場合、空気に原因があるとすぐさま特定することはないだろう。水温が適していないのか、水質が悪化しているのか、あるいは食事が足りないのか。さまざまな角度から不調の要因を探るに違いない。地球規模の環境を考える際にも同様の考え方が求められているのだと高倉は説明する。一方で、これはあくまで一般論であり、高倉自身が生物多様性を重要視する理由はいたってシンプルなのだと話す。
「アイドルを熱心に応援する人がいるように、私は単純にサンゴが好きなんです。好きなアイドルグループが理不尽な理由で解散させられてしまうと知れば、ファンの方はそれを止めるために力を貸したいと思いますよね。私が海の生態系を守りたいと考えるのも同様の理由からです。もちろん、環境問題に対する企業の責任、ひいては人類の責任を考えることも重要ですが、自然が好きだから保全するのは当然だという感覚が広がればいいなと思っています」
ビジネスと環境保全を両立させるために
これまで企業が実践してきた環境保全は、経済活動に伴って生じる環境へのネガティブな影響を削減するものが一般的だった。しかし、最近では単に負の影響を減らすことのみならず、事業成長と環境回復の両立をめざす“ネイチャーポジティブ”という考え方が企業経営において浸透し始めている。こうした動きを含め、生物多様性にはどのようなビジネスチャンスがあるのだろうか。「環境保全とビジネスを結びつけて広げるためには、〈大義〉と〈共感〉の両立が重要になると考えています。具体的な成功例として、クールビズの一般化が挙げられます。クールビズの〈大義〉は、ビジネスシーンにおける軽装化を促して冷房の設定温度を上げ、CO2の排出量を削減することです。しかし、サラリーマンの間には、ネクタイや厚いジャケットを省くことで快適に動くことができるという〈共感〉があった。この2つが重なったことにより、施策として広く成功を収めることができました。言い換えれば、〈大義〉と〈共感〉のどちらが欠けるとジネス的な施策としては広がっていかない」
“ネイチャーポジティブ”という新しい価値観を受け入れることは、これからの企業にとって〈大義〉になるだろうと高倉は確信する。それに加え、生物多様性を保全することの〈共感〉を集められるような策を講じれば、世界中の企業にとって成功のチャンスがあると続ける。
「生物多様性とビジネスを分けて考えている企業はまだまだ多い。しかし、地球上の資源を活用して事業を展開している以上、あらゆる産業分野のあらゆるアセットが自然とともに成長していく可能性を秘めているのです。自然への負担を減らそうという立場だけではなく、自社の技術や施策がどのように地球環境の改善に貢献できるのか。新しい時代には、その観点がいっそう求められると感じています」
EV車の普及が生物多様性に与えるポジティブな影響
今回、高倉はAudiが誇る至高のフラッグシップ電動SUV「Q8 Sportback e-tron」に触れた。洗練されたデザインにラグジュアリー性とユーティリティ性を内包した、新時代の到来を予感させる1台だ。これまでEV車に触れる機会がなかったということもあり、車体のディテールにまで目を輝かせながら担当者の説明を聞く高倉。実際に乗車した感想を次のように語る。「広々とした車内の空間は快適で、ドアやシフトレバーといったパーツひとつ一つについても強いこだわりを持って作り込まれている印象を受けました。給電口の位置やボンネット内の収納スペースなど、EV車ならではの仕組みが新鮮でしたね。見た目は従来の高級感を受け継ぎつつ、内部の構造はまったく別のものになっていると知って驚きました」
環境への配慮と快適な乗り心地を両立するAudiのEV車は、まさに高倉の語った〈大義〉と〈共感〉を体現するモビリティであるといえるだろう。2026年以降の新車をすべてEV車にすることを目指し、2025年までには全世界の工場でカーボンニュートラルな生産を実現したうえで20種類以上のEV車を世に送り出すべく力を注ぐAudi。高倉はサステナビリティを推進する企業の経営者として、EV車が環境や生物多様性に与えるインパクトを次のように分析する。
「自走車の動力がガソリンから電気へと移行すれば、地球温暖化の抑制、そしてそれが生物多様性の保全につながっていくことは言うまでもありません。同時に、こうした技術の転換は、社会にプラスの変化をもたらすことが予想されます。ひとつのアクションが波及して新しい文化を形成していく。そうなれば、多くの企業は慣習的なビジネスモデルを続けてはいられないでしょう。社会の澱みのようなものが新陳代謝されることで、環境改善においてCO2削減以上のインパクトを生み出していくのではないかと考えます」
世の中をよりよく変えていくのは知的好奇心
Audiでは脱炭素、水の再利用、資源効率などの観点から持続可能な社会を目指す環境保護プログラム「Mission:Zero(ミッションゼロ)」を推進してきた。中でも「生物多様性保護」に着目し、野草を5000本植える「草原プロジェクト」や、絶滅危機に瀕している野生のミツバチを保護するための取り組みを行なっている。「環境問題に関心を持つコミュニティが少ない日本において、自動車業界を牽引するAudiが生物多様性の保全に率先して取り組むことは理想的だと感じます。というのも、これらはAudiというブランドのユーザーを環境問題解決の担い手として取り込み、巨大なコミュニティを形成することに成功しているからです。イノカが培ってきたノウハウを応用できる場面もあると思いますので、ぜひ連携を強めたいですね」
世界的企業であるAudiの積極的な取り組みからも、脱炭素や生物多様性の重要性を計り知ることができるだろう。一方で、私たちは時に環境よりも利便性や経済面を優先させてしまう利己的な面を持ち合わせている。一人ひとりが環境問題と向き合う時、利己的な考えに陥らないためには、どのようなマインドで生活すればよいのだろうか。
「繰り返しになりますが、〈大義〉だけで人は動かないというのが私の持論です。だからこそ、『CO2削減のためにクーラーの温度を上げよう』と義務感を煽るよりも、もっと前向きに地球環境に対する〈共感〉を集めることが近道になるのではないかと思っているのです。
植物は種から発芽して木になり、やがて葉を生い茂らせますよね。誰もが知っていることですが、よく考えてみればすごく不思議ではありませんか? 自分が当たり前だと思っているものは一切当たり前ではなく、さまざまな奇跡的な現象の積み重ねなのです。その意識さえ持って暮らしていれば、生活と地球環境がともに発展できる方法を探すようになるのではないでしょうか。
ドライブ中に車内から見える何気ない景色にも、生物多様性を守るためのヒントが潜んでいます。ポジティブな知的好奇心こそが環境を、そして世の中をよい方向へ変えていくのだと、私は信じています」
Audi Q8 Sportback e-tron
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高倉葉太◎1994年、兵庫県生まれ。東京大学工学部卒業後、AIや機械学習の研究に携わる。ハードウェア開発企業の設立を経て、2019年にAIとIoTで生態系を再現するイノカを創業。