こうした状況だけに、学術誌は掲載論文にお墨付きを与える立場にある、という責任に意識的でなければならない。興味深いことに、今回の「暗黒酸素」に関する研究では、研究費用の一部を、資源採掘に関わる企業が負担しているが、導き出された結果は、こうした業界の利益に反するものだ。
原子力エネルギーなどの、人々の意見が二分される他の問題でもそうだが、科学と権益を持つ団体の主張は、複雑にからみ合う傾向がある。ISAの新たなトップとなるカルバーリョは、さまざまな立場にある者が、科学的研究の「正当性」を裏付けようとするメカニズムに、特に注意を払う必要があるだろう。
同氏は、特に援助国への依存度が高い小国の政策立案者が、金持ちの実業家や、あるいは使命感に燃えるアクティビストからの恫喝に屈しないよう、手を打たなくてはならない。両者は立場こそ逆だが、常に科学を自分たちの都合の良いように利用するという共通点がある。
より大きな視点で見ると、深海底に眠る鉱物の採掘に関する議論の背景には、グリーンシフトのために必要とされる金属を、早急に調達するよう迫られているという状況がある。資源保護の努力は行われているが、我々のリサイクル資源は、予想される需要を満たすほど十分ではない。
グリーンシフトはもはや待ったなしの状況だが、こうした時間的制約がなければ、海洋に存在する鉱物の開発は、間違いなく、予防的な観点から一時停止されていたはずだ。だが、これらの鉱物の陸上での採掘に関しても、採掘地周辺の地域住民に直接的影響を与えるとの理由から、制約が設けられている。
海洋および陸上という、異なる環境における資源採掘が社会に与える影響の比較も、カルバーリョは検討すべきだろう。地球レベルで考えた時に、海洋採掘を推進する最も説得力がある論拠は、「よりリスクの高い、陸上鉱山の肩代わりができる」というものだろう。
実際、カルバーリョの母国であるブラジルは近年、陸上の鉱山が原因で発生した複数の大災害に直面している。筆者はこれらの災害の被害状況について、地元の研究者と調査を行なってきた。多くの陸上鉱山では、人権侵害、児童労働、人身売買、財産の収奪、集団移住などによって生じる社会的あつれきが問題となっている。だがこうした問題は、海洋採掘の場合はそれほど重視されないはずだ。