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2024.08.08 15:15

ヒップホップ×グラフィティ×テクノロジー:アーティストKool Koorの世界

Kool Koor and Jean-Michel Basquiat at the Fun Gallery in 1982. Photo by Lina Betrucci

どのような絵が好きか?と聞かれると、私は迷わず「都会におけるストリートアートだ」と答える。ストリートアートで最初に衝撃を受けたのは、リチャード・ハンブルトンの作品だ。ある時は死体のように、ある時は影のように都会の夜に浮かび上がる彼の作品は、コンセプトといい、一筆で描く勢いといい、まさに天才的。

このリチャード・ハンブルトンに影響を受けた世代がジャン=ミシェル・バスキアやキース・ヘリングらである。そして、バスキアやキースと共に、グラフィティの世界で活躍したのが今回の主役、Kool Koor(クール・コア 以下クール氏)だ。私の大好きな1970年代から1980年代のニューヨークアーティストの象徴とも言えるクール氏は1976年、13歳の時に初めてグラフィティを描き始め、初期のニューヨークのグラフィティアートシーンを形成した先駆者の一人だ。彼の作品は、ヒップホップとグラフィティ文化の象徴であるのだが、今回話をしてみてテクノロジーに関しても幼い頃から関心があると言うことに興味をそそられた。

ヒップホップ×グラフィティ×テクノロジーの掛け算が行われるアーティストの素性をもっと知りたいと考えSHIN GALLERYオーナーシン氏に相談をクール氏への取材に繋がった。70年代80年代のニューヨークのシーンについて、制作スタイルについて、そしてテクノロジーについて話を伺った。

──Kool Koor(以下、クール氏)、1970年代と1980年代の経験や活動について教えていただけますか?

1970年代と1980年代を振り返ると、まず思い浮かぶのは、歴史、シンボリズム、そしてテクノロジーに対する好奇心を持っていたことです。

ですが、1976年のある日、13歳だった私の好奇心の世界が一変しました。目の前で繰り広げられていたグラフィティアートのシーンに衝撃を受けました。朝起きて二階のアパートの窓から外を見ると、壁に大きく鮮やかなスプレーペインティングがあり、同じアパートに住んでいた女の子が壁に「GLORIA」と「MAMA」と書いていました。私は彼女に「君のお母さんに言いつけるよ!」と叫びました。彼女は “考えられる限りの汚い言葉”で叫び返してきました。その瞬間、私は「彼女ができるなら、私もできる」と思い、以来、グラフィティを書くようになりました。 

新たに魅了された “グラフィティ”は、私がもともと興味を持っていた歴史や科学、電子デバイスとシームレスに融合しました。電子デバイスに関しては、私は家の中にある電子デバイスを分解し、中身をバラバラにした上で、再統合するなどして、いろいろな奇妙な装置を作る遊びにも夢中になっていました。同時に、ほぼ毎日絵を描いていました。絵を描く行為は、私を居心地良く快適な場所に連れて行ってくれるような感覚だったのを覚えています。そして、絵を描くときには今ここにいる自分ではなく“別次元”からのビジョンを描いていました。車の内部、宇宙船の内部などを夢中で描いていると、周りのすべてが消え、音さえも消えていくようで、ゾーンに入っていたと言っても良いでしょう。そのゾーンの中で、私は抽象的な建築物、未来的な宇宙船、ロボットと宇宙飛行士を組み合わせたような存在を描き、それはあたかもマルチバースを旅するような感覚でした。 

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文=西村真里子

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