経営・戦略

2024.08.04 13:30

「リスク・マネジメント」の要諦

筆者は、永年、様々な企業の経営参謀を務めるとともに、リスク・マネジメントのプロとしても活動してきたが、この仕事では、忘れられない思い出がある。

それは1999年のこと。ある企業の人事部から、社内研修の講師を依頼された。当日、指定の時刻に、その企業の人事部の受付に行くと、奥から管理職と思われる人が現れた。本日の研修の講師であることを伝えると、怪訝そうな顔をして奥に戻り、しばらくして、「研修の担当者が不在で連絡が取れない。おそらく、その研修ならば、何号室ではないか」と言われた。そのとき、筆者は、直観的に、「この企業のリスク管理は大丈夫だろうか」と思った。

直観とは怖いもので、その何カ月か後、この企業の子会社が、世間を震撼させる大事故を起こした。

それは、あの2名の悲惨な死者を出した茨城県東海村の核燃料加工施設での臨界事故であるが、安全マニュアルを無視し、ウラン溶液をバケツでタンクに注入するという、安全管理の常識からは考えられない杜撰な作業の背後には、リスク管理を軽視する企業の組織文化があったと言わざるを得ない。

筆者は、若手社員の時代に工場勤務を経験したが、そのとき、機器の電源一つを切るにも、一つ一つ指差し確認し、声に出して電源を切るという安全管理の文化の大切さを学んだ。こうした安全管理の習慣を見て、「何と面倒臭い」「もっと要領良くやれば」と感じる人は、潜在的に、上記のような大事故を起こす可能性がある人材である。

そして、リスク・マネジメントのプロの視点で言えば、現在の企業には、リスクに対する感覚が甘い人材が溢れている。電話で重要な伝言を頼むと、内容を復唱しないで「はい、伝えておきます」とだけ答える社員が大半であり、「いまメモを取りました。会合を何時に変更とのことですね、私、○○が承りました」と答える社員は、極めて稀である。

現代の企業社会においては、予測できない突発的リスクや甚大な被害を生じる致命的リスクが増えているにもかかわらず、むしろ、上記のような「リスク体質」を抱えた組織や人材が溢れている。

この話を聞いて、もし経営者が自社の「リスク体質」を改めたいのであれば、安全マニュアルの整備や社内の安全研修を行うよりも、まず行うべきことがある。それは、「リスク体質」の管理職の発見と再教育である。なぜなら、「組織文化」とは、究極、その組織を預かる管理職の「意識」が、恐ろしいほどに映し出されるものだからである。
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文=田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年9月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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