防衛省防衛研究所の庄司潤一郎顧問は、「戦史を紐解いた場合、どの国も対外的にはもちろん、国内的にも戦争の正当性(大義)を語りたがります。その場合、戦争原因や戦争目的はしばしば立場によって見方が異なりがちなため、焦点になるのが、誰が最初に撃ったのか、という点と、どちらが残虐なのか、という点です」と指摘する。そのうえで、庄司氏は各国が「戦争の正当性」を気にする理由について「ロシアのプーチン大統領もウクライナ侵攻の際、ウクライナ東部のロシア人が迫害を受けていたことを理由にしました。正当性を気にするのは、国内外の支持を得ることが重要になるからです」と語る。
当時のジョンソン米大統領は、トンキン湾事件直後、米議会に、米軍に対する攻撃を退け、侵略を防ぐ必要なすべての手段を行使する権限を自らに与えるよう要請。米上下院は圧倒的多数でこうした権限を大統領に与える「トンキン湾決議」を採択した。ところが、後にトンキン湾事件の事実関係に誤りがあることが判明し、1970年に決議は取り消された。
過去、こうして架空の「敵による攻撃」を作り上げた例には、1939年9月のドイツ軍によるポーランド侵攻がある。ヒトラーは「ポーランド軍が国境付近のドイツ領にあるラジオ局を攻撃した」と偽り、侵攻作戦を開始した。1932年1月に起きた第1次上海事変でも、日本軍が中国人を買収して上海共同租界の日本人を襲撃させ、それを口実に日本軍が出動した。