ちょうど5年前の2019年に、ニューヨークに8階建ての新社屋兼ギャラリーをオープンしました。我々にとって新世代の象徴となるような場所です。ペースは1960年に、両親が祖母の助けを得ながらボストンも地下室でスタートしたものです。10年前に私が経営を引き継ぎ、その日から今後について考えてきました。
2022年の組織再編も、世代交代と新モデルへの移行を目的としたものです。これまでは個人の経験や判断に頼りがちだった体制を、チームで連携して経営する形にしました。私には社長のサマンサ(・ルーベンス)がいますし、東京には(服部)今日子(Paceギャラリー副社長)がいます。長期視点でのバランスの難しいファイナンス部門は非常にタフな仕事ですが、スタミナのあるトライアスリートCFOを筆頭に優秀なチームがいます。
また、パンデミックは優先事項について改めて考える機会となりました。そのうえで、東京進出など、アジアでのより積極的な展開に踏み出しています。アジアの情勢は不安定だという声もありますが、周囲がそう見ているからこそ私にはチャンスに映ります。すでに拠点のある香港や中国本土、ソウルなどと相互作用を起こしていけたら考えています。
──従業員350人を抱える企業としてのペースは、一般的な企業のように収益や売上を伸ばしていく成長戦略で動いているのでしょうか?
アートギャラリーというのは、世界的に見てもユニークなビジネスです。私自身、収益性やKPI、経営計画といったビジネス用語をもちろん知っていますし、実際に収益性も確立していますが、我々のゴールはいわゆる一般企業とは異なります。生身のアーティストと仕事をしているという性質上、売上や効率の最大化を最終目標にはできないからです。
アーティストの夢には「矛盾」があります。彼らにはビジョンがあり、彼らはその実現に忠実で、社会に媚びることはありません。一方で、そのビジョンで世界を制したい、世間に受け入れられたいという野心もある。同様に我々は、経済性を求めないアーティストに寄り添いながら、寄り添い続けていくために経営していかなければならないという矛盾と向き合っています。
例えば、各地のギャラリーで行うアーティストの個展。内装、輸送、運営とコストはかかるものの、入場無料で行うことも多く、直接的な収益にはなりにくい。ですが、アーティストの成し遂げたいことをサポートする思いで、投資をします。言い換えれば“啓蒙活動”で、作品が売れるのは二次的な結果です。これは他のギャラリーも同様だと思います。
利益を上げることを目的にただ販売するだけでは、アートの歴史や文化、社会にインスピレーションを与えることはできません。自転車操業のようですが、そうした投資を回収できているから今があります。続く限り、できるだけインパクトの大きなことをしていきたいですね。