その旅と共にフランスの歴史と文化が描かれていくのだった。1936年のベルリン五輪以降不動のものであった開会式の伝統的式次第を自由に飛び越える歴史的文化的現代が繰り広げられた。
私は驚いた。開催国の国歌が演奏された後に選手団の入場が始まるのがこれまでだったが、突然、船に乗ったギリシア選手団が姿を見せたのだ。ゴールとなるトロカデロ広場まで、ここから85隻の船に乗った各国選手団が入場行進を始める。ちょうど日本選手団は93番目の登場だったが、その直前にグラン・パレの上から国歌斉唱が始まった。
エスタンゲ組織委会長は「選手のための選手による選手の大会」を目指していたのだ。国よりも選手が主役なのだ。セーヌ川6kmを進む選手団はこれまでのように自ら歩くことなく、思いのままに観客に手を振り、自らの思いの限りを船上で表すことができる。そこにいる人々とそしてそれを中継で見る人々とも繋がる。おりしも降ってきた雨も彼らの笑顔を流すことはできなかった。
開会式の物語は12の章で表現された。第一章のテーマは「ENCHANTE(初めまして)」。まさに選手団入場であった。
川辺ではレディー・ガガが歌い踊り、パリの老舗キャバレー「ムーラン・ルージュ」のダンサーたちもカンカンを披露して、選手を祝福する。
シンクロの章では、ノートルダム大聖堂の修復工事に励む職人たちの高層現場でのアクロバティックなダンスと大会準備に関わる人々を表す激しいダンス、そしてパリ市庁舎の屋根の上でオペラ座のエトワールが踊る華麗なダンスがシンクロ(協調)して選手を迎えるために頑張るパリの人々の姿が描かれる。自由の章ではマリー・アントワネットのギロチン処刑を思わせるパフォーマンス。フランスのメタルバンドの「ゴジラ」というその名前に革命を思う。自由は闘いの後に得られるという選手へのメッセージが聞こえる。
平等、友愛、そして「女性たちの連帯」をテーマにパフォーマンスが続く。国際女子スポーツ連盟を創始したアリス・ミリアや女性初の欧州議会議長シモーヌ・ヴェイユなど、女性の権利のために立ち上がった10名の女性の彫像がセーヌ川に現れ、男女平等を主張した。パリ五輪で初めて男女の参加者数が全く同じになった。