経済・社会

2024.08.03 13:30

デジタル選挙と帝政ローマ

東京都知事選が火ぶたを切った6月下旬の週末だった。梅雨入りのうっとうしい空の下で、とある候補者のポスターを一心不乱に掲示板に貼っている若いカップルに目が留まった。偶然にも私が興味をもっていた人物の後援者たちだった。額にうっすら汗を浮かべた女性がほほ笑む。「夫と二人で手伝っています。もちろん手弁当ですよ。私は候補者の妻の同級生です」。候補者は30代前半で、AI(人工知能)を専門にする起業家だ。人間とAIが親和的な住み良い社会をつくりたい、当選は難しいが、テクノロジーと生身の人間が上手に折り合っていく大切さを訴えていきたい、と主張する。

彼の主義主張もさることながら、選挙に向き合う純粋で真摯な姿勢に大いに惹かれた。お金もコネも支援団体もない。あるのは信条とマニフェスト、それに若い仲間たちだけである。思わず、高校時代の生徒会長選挙を思い出した。これこそが選挙の原点ではないのか、と。

都知事選は、企業の株主総会のピークと重なった。政治も企業も共に最重要なポイントがガバナンスである。特に重大な意思決定を行う議員と役員の選任が要諦だ。何社かの株主総会に出席しながら、選挙との共通点に思いを致した。

企業ガバナンスのキモといえるのが取締役の選任である。最近とみに重視されている点は、女性比率の向上など人材多様性の確保と社外取締役比率のアップ、それに取締役適性を判断するためのスキル・マトリクスである。女性比率については3割を、社外取締役比率は過半数を目指せといわれ、スキルに関しては経営、会計、法務、国際性、技術力、サステナビリティ等々への知見が要求されている。

これを選挙に当てはめたらどうなるか。議員の3割は女性に、という考え方は当然だ。「社外」取締役比率を議員に置き換えると、選挙区外の出身者の割合ということか。過半数はともかく、すでにそうした候補者が少なくない。ただし、彼らの多くが政治過程のガバナンス・チェックを目標にしているとは思えない点が気になるが。

いちばん欲しいのがスキル・マトリクスである。ステークホルダーが膨大な数に上る議員には、企業の取締役以上に厳しいスキル・マトリクスが求められるはずだ。都知事選の選挙ポスター掲示を巡る、ばかばかしいまでに低レベルの行動を見せつけられると、ますますその思いが強くなる。経済、社会問題と行政への見識、組織運営の知見、リーガルマインドの水準、何らかの専門性、持続可能性への深い理解等々、市民の代表としての資質能力こそきっちり評価すべきではないか。
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文=川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年9月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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