経済・社会

2024.08.03 13:30

デジタル選挙と帝政ローマ

また、株主総会はデジタル化が進んでいる。選挙のデジタル化も待ったなしのはずである。パソコンやスマホで投票できれば、投票率は上がるだろう。政党や政治団体など既存の体制が一変する可能性があり、相当の抵抗が予想されるが、未来社会最大のステークホルダーである若い有権者にとっては便宜だと思う。

ただ、選挙を含む政治過程のデジタル化で予見が難しいのは、それが民主政を促進するのか、逆行させるのか、という点である。ここでも参考になるのが企業社会の様相である。株式会社ガバナンスのデジタル化は、少数株主や個人株主の声を吸い上げ、10年前には考えられなかった企業経営の直接民主化を進めている。しかし一部では、特定の株主の偏った意見を必要以上に拡張している側面も否めない。状況によっては極論による企業版ポピュリズムの横行が、経営を危うくするリスクもあるだろう。

つまり選挙のデジタル化の先にあるものが、理想的な民主政とは限らないことに留意すべきなのである。現にデジタル化は、むしろ世界的に権威主義政治とポピュリズムを加速させている。欧米人は「わからないことはローマに聞け」という。そのローマは王政から共和政、そして帝政へと変遷した。歴史は民主政が最終答案ではないことを物語っている。

現在の選挙制度では、有権者は老若男女、立場や財力に関係なく一人一票の選挙権がある。他方、株式会社制度では持株数(出資額)の多寡が議決権を決める。万が一、将来のデジタル社会が、選挙では所得税納税額100万円を1票とする、といった判断を下さないものか。

四半世紀前、民主政と市場主義が人類社会を決定づけたと確信されたころ、今日のトランプやプーチンの勢いは予見されていなかったのである。


川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。東京大学工学部アドバイザリー・ボードを兼務。

文=川村雄介

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