「私たちノーヒンは、『世界の未知を照らし、人類の幸福を現像していくこと』を目指し、光と印刷の新技術を開発・製造するグローバル企業です」
2024年5月、銀座の一角。そこでは、「Z線」なるものを発見し、これを事業展開する印刷会社「NOHIN社」の取り組みが紹介されていた。創業に遡る同社の沿革や技術の発展史、同社のロゴやポスター、機材や制服など、一見するとよくできた企業展示だが、これらはすべて架空のもの。NOHIN社もZ線も(少なくともいまは)存在しない。いずれも1999年生まれのグラフィック・デザイナー、八木幣二郎の手になる創作だ。
場所はギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)。国内の大御所デザイナーたちが展示してきたこのギャラリーで、最年少で個展を果たした八木は、グラフィックデザイン史に向けるメタ的視座に立脚し、並行世界を「デザイン」してみせた。
「デザインの力についてずっと考えていたんです。戦時中のプロパガンダでは、デザインの力もあって、若者たちが一気に引き込まれて一種の狂乱をつくった。ナチス・ドイツやソ連の例でも、その責任の一端はデザイナーにあるんじゃないかと。それだけの影響力を持ったという点ではデザイナーの成功ですが、反面、社会的には終わっているとも思える。では、現代のデザインの力って何だろうと考えたとき、今その力を、完全に嘘の歴史をつくることに向けたら、何か面白いものができるんじゃないかと思ったんです」
幼い頃からいわゆる異能力もののSF作品に惹かれ、映画やゲームの“世界観”を設定するコンセプトアーティストの仕事に憧れた。絵を描くのも得意だった八木は、水木しげる作品の妖怪やアメコミに登場するクリーチャーなどを模写したり、創作したりしていたという。
東京都立総合芸術高等学校に進学してデザインを学ぶなか、一転してのめり込んだのは現代美術だった。SNS上で飛び交う現代美術の言説を追い、高校時代から美術家たちとも交流。「ビジュアル要素ではなく、世界観をつくり込んだり、文脈を深く設計したり。既存の文脈を変えうる現代美術の要素に惹かれて、高校生なりに本気で世界を変えられるんじゃないか、なんて考えていました(笑)」。