「覚えているのは、大学の発表展のフライヤーをつくった時のこと。デザインは今見ると恥ずかしいものなんですが、展示の初日に遅刻して大学に行ったら、僕がデザインしたフライヤーを手にする人がたくさんいて。それがすごく嬉しかったんです」
デザインの波及力や人を動かす力は、かつて八木が現代美術に見た「世界を変える」力に他ならない。手応えを得た八木は、高校のデザイン科時代の経験もアドバンテージに、「デザイナー宣言」をして着実に仕事を重ね、やがて大学を中退してグラフィックデザイナーとしての道を本格的に歩み始めた。
馴染みのある現代美術シーンでの仕事をはじめ、ブランドや企業のポスターやフライヤー、本の装丁など、幅広い仕事を手がける。デジタル・ネイティブの代名詞がついてまわる世代だが、八木のデザインは、3DCGを駆使しながらも、むしろフィジカルで手触りを感じるものが多い。
「デザインの業界はまだ紙のデザインの流れのなかにあって、紙をつくらないと評価されづらい。なのに、紙をつくれる機会は確実に減っている。僕自身は紙を扱うデザイナーの最後の世代だと思っています。
それと、僕は最後に触るのは絶対に紙だと思っている派です。画面にフラットに並ぶと全部しょうもなく見えてしまうときがある。僕は紙や印刷、質感も好きで、『手なぐさみ』という言葉をよく使うんですが、人間が完全に電脳空間に入ったとしても、最初に見るのは結局自分の手なんだと思っています」
アイデアは次々と湧き出てくるし、テンポ良く様々な仕事に取り組んでいくのを好む。そんな八木のデザインは、確かな個性を持ちながらも、そのかたちは自由自在に変化する。それが紙のフライヤーであろうと、gggでの個展のような虚構であろうと、深い洞察から、一石を投じて既存の世界線を少しずらしていくような鋭さにこそ、八木のデザインの持ち味がある。
「デザイナーって、その人が好きなものをかき集めていったら、その人のスタイルになると思うんです。反面、付け焼き刃だと思わぬ地雷も踏みかねない危うさもありますよね。戦略的に文脈を意識しているのですが、調べると大抵のことは過去にやられているなとも気づくんです。今やることには、なぜそれを今やる必要があるかを考えないといけないと思って仕事しています」