映画やドラマにおいて、モデルの顔に人工物を付けて別の顔をつくる特殊メイク。高い技術をもちつつ、自由な発想で業界の「幅」を広げているのが、快歩だ。
その姿は妖怪か、未知の生物か。ひとつ目で毛むくじゃらのマペットや人と魚のハーフのような少女──カラフルでポップ、ユーモラスにしてどこか哀愁の漂うキャラクターを生み出す快歩。快く歩く、で快歩と名付けたのは、名古屋市内で花屋とカエルの雑貨店を営む両親だ。
「最近自分の色使いのベースに花があるかもと気づいたんです。花ってきれいだけど細部には奇妙な形や、ありえない色の組み合わせがあったりする。自分の世界に通じるなと」
100円ショップの紙粘土でひたすら何かをつくっていた小学生時代、父が買ってきた水木しげるの漫画『墓場の鬼太郎』に衝撃を受け、妖怪の世界に魅了された。ティム・バートンやヤン・シュヴァンクマイエルの映画で特殊メイクを知り、高校卒業後にその道へ。
「最初は普通にゾンビや傷メイクの仕事をしていました。でも、独自の作品をSNSにアップするようになって」。それがロックバンドKing Gnuの目に留まり、以降きゃりーぱみゅぱみゅやOfficial髭男dismなど人気アーティストのMVなどに引っ張りだこだ。
異質ながら現実に存在し、生活しているような「らしさ」の命を与えられた快歩の造形物は、見る人に愉快さや孤独などを妄想させる。「快歩にやらせたら面白そう、と仕事が広がっていくのがうれしい」とほほ笑む。
「日本では裏方のイメージが強く、予算も限られる。だからこそ自分はどんどん表に出て、特殊メイクの技術を使ってもっと好きに、面白いことができるんだと知ってもらいたいんです」
映像世界ではCGの進歩で特殊メイクの需要は減りつつあるという。それでも「その空間にちゃんと存在している」手触り感と愛着は絶対になくならない。7月には初めて野外フェスのアートディレクターを務め、テーマパークのような空間を演出。特殊メイクに限らず、グラフィック、アートディレクションなど活躍の場が増えている。「ファッションショーとの相性も良いので、いつかはグッチのコレクションとか、やってみたいですね」
その言霊は絶対にかなうと、どこかで妖しの声がささやいた。
かいほ◎1996年、愛知県生まれ。名古屋市立工芸高校デザイン卒業後、Amazing JIROが主宰する専門学校で学ぶ。King Gnu、きゃりーぱみゅぱみゅ、Official髭男dismのMVなどに参加。2020年にオーストラリアで開催された特殊メイクのコンペティションで世界TOP3に選出。