「開発が中止になりました。患者さんを救うために開発したのに、有害事象が出たのです。後から知ったのですが、同じ薬でも用量を下げるなど有害事象をマネージできれば、患者さんのベネフィットが上回って承認を得られることがある。実際、その薬は他の国で承認されました。私たちの勉強不足。悔しかったですね」
リベンジの機会は約10年後にやってくる。2000年、関節リウマチの抗体薬MRAの開発チームに参加。欧州での第2相試験を成功させた。
直後にロシュとの提携がはじまり、欧州での第3相試験はロシュとの共同開発に。奥田は中外の臨床開発チームをリードする一方、「ロシュは優れたオペレーションや、専門家を続々と雇う資金力があった」と感心した。両社の長所が組み合わさり、第3相試験も突破。MRAは「アクテムラ」としてグローバルで上市された。アクテムラは今でも世界で4000億円超を売り上げる主力商品のひとつだ。
11年にはロシュ・グループのアイルランド子会社の社長に。伝統的な経営が定着していたが、若手中心の変革チームを社長直轄でつくって改革を行った。
奥田は20年に中外の社長に就任。こだわりのひとつは、海外経験で実感した「多様性」だ。
「イノベーションは違うものの組み合わせ。多様性があることに加え、多様な個が発信してぶつかりあうことが重要です。中外は自前主義が強い会社なので、もっと外に出て多様性の刺激を受けたほうがいい」
その一環として、ボストンを拠点に総額2億ドル規模のCVCを設立。今年から本格始動させている。世界のバイオ医薬エコシステムで中外の存在は認知されているが、どのような強みをもつ会社なのかはまだ理解が浅い。CVC設立で「世界に大きな窓が開いた」と期待は大きい。
中外は2030年までの成長戦略で、「自社グローバル製品を毎年発売する」と掲げる。強気でストレッチな目標に思えるが、奥田は「ある程度順調に来ている。数だけではなく、最高のものをつくって届けます」と自信を見せる。
世界で中外の存在感が増す日は、そう遠くないだろう。
おくだ・おさむ◎1963年、岐阜県生まれ。薬学博士。岐阜薬科大学薬学部卒業後、中外製薬入社。2011年ロシュ・プロダクツ・アイルランド社長。14年執行役員、17年上席執行役員、20年COOを経て、21年3月より現職。