熾烈な戦闘が続いた。Kriegsforscherはソーシャルメディアの長いスレッドで、
1950年代にさかのぼるT-54戦車や1960年代のT-62戦車、より新しいT-72戦車とT-80戦車など、ロシア側の戦車の損失を画像とともにいくつも挙げている。ウクライナ側が地雷や大砲、ドローンで敵戦車を何十両と撃破しても、ロシア側は執拗に攻撃を続けた。あるT-80は地雷を9個踏み越えてようやく停止した。
アウジーウカを攻撃していたロシア軍部隊と同様に、ノボミハイリウカを攻撃したロシア軍部隊も専用の装甲車両が不足していて、代用の改造車両を何両も投入した。T-62の砲塔を取り払い、即席の対ドローン装甲で覆った通称「亀戦車」少なくとも1両が、ウクライナ側の地雷でやられている。
ノボミハイリウカの守備隊がロシア側に与えた甚大な損害は攻撃を停滞させたものの、敵部隊を押し返すことまではできず、結局4月半ばに村は陥落した。
アウジーウカを防御していたウクライナ軍部隊と同様に、ノボミハイリウカを防御したウクライナ軍部隊も砲弾や対戦車ミサイルが絶望的なまでに不足していた。これは、米議会のロシアに友好的な共和党議員たちの手で、ウクライナへの米国の追加支援が長期にわたって阻まれていたことが主な原因だった。この妨害がようやく解けたころには、ロシア軍部隊はすでにノボミハイリウカ内に攻め込もうとしていた。
ノボミハイリウカを占領してから数カ月間、ロシア軍はその北、西、南で攻撃を続けてきた。しかし、米国の支援が再開し、米国製の弾薬が前線のウクライナ軍部隊に届くようになるにつれて、攻撃の成功率は下がった。ウクライナのシンクタンク、防衛戦略センター(CDS)の
作戦状況評価によると、ウクライナ軍は今月2日にもノボミハイリウカの南でロシア軍の攻撃を撃退している。
車両300両とおそらく人員数千人以上の犠牲と引き換えに、ロシア軍は6.5kmほど前進を遂げてノボミハイリウカを手中に収めた。この村の廃墟が果たしてロシアの払った代償に見合うものなのかは、ロシア人にしか答えられない問題だろう。
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forbes.com 原文)