前回の前半では、彼が見知らぬ土地でどのようにして地位を築いていったのか、そして、ゼロイチでアートビジネスを起こした実績など挑戦するビジネスパーソンとしてのシン氏にフォーカスした。
今回は後半として、取材の中でシン氏が繰り返し述べていた「埋もれていたアーティスト」の発掘事例を具体的に掘り下げていく。
取材の中でも言及されていたアーティスト2名、デンマークのコペンハーゲン出身のエルゼ・フィッシャー=ハンセンと、ジョアン・ミロらと活動していたカルラ・プリナは、どのようにしてシン氏によって発掘されたのか? アーティストの名前が世に知られていくためのストーリーを、楽しんでほしい。臨場感を伝えるために第一人称の「私」はホン・ギュ・シン氏自らを指す。
1 エルゼ・フィッシャー=ハンセンの場合
エルゼ・フィッシャー=ハンセン(Else Fischer-Hansen)は、デンマーク・コペンハーゲン出身のアーティストです。デンマークの小さなオークションハウスで彼女の前衛的な作品に出会った瞬間から、私は彼女の鮮やかな色彩と独特のスタイルに魅了され、この並外れたアーティストの謎めいたストーリーを解き明かすために、私は彼女の人生の深淵を探る個人的な探求に乗り出しました。オンラインでのエルゼ・フィッシャー=ハンセンに関する情報は残念ながら乏しく、彼女や彼女の家族について詳しい知識を持つ地元のアーティストに頼ることにしました。
幸運にも、エルゼ・フィッシャー=ハンセンの娘と孫娘を知るアーティストと出会うことができ、この突破口により、私は孫娘に連絡を取り、彼女が祖母の魅力的な作品をもっと持っているということを知りました。好奇心と探求心に駆られ、私は友人と共にコペンハーゲン行きのフライトを急いで予約し、田園風景の美しいドライブは、私たちのエルゼ・フィッシャー=ハンセンの遺産との出会いへの期待を高めました。
孫娘の家に到着すると、私たちは彼女の世界に温かく迎えられました。彼女の話に耳を傾けながら、アーティストとの個人的なつながりのすべての詳細を吸収。元々ニューヨークで歌手を目指していた孫娘は、別の道を選びましたが、エルゼ・フィッシャー=ハンセンの絵画コレクションを大切にしていました。