フランスの“地下”といえば、ナイトクラブやギャラリーに変貌したパリの観光地が話題だが、シャンパーニュ地方にも、毎年数万人が訪れている場所がある。辛口のシャンパーニュのパイオニアとして知られる「ポメリー」が開催している現代アート祭「EXPERIENCE POMMERY(エクスペリエンス・ポメリー)」だ。2003年にスタートした同イベントは今年で17回目を迎える。
「過去20年間で、各時代を象徴する15人のキュレーターを起用し、600人近いアーティストの作品を展示、100万人以上を動員してきました」と語るのは、ヴランケン・ポメリー・モノポールグループのオーナー夫人、ナタリー・ヴランケン。2002年にポメリーを買収し、9つのワインブランドを擁する同社はシャンパーニュ市場で世界第2位につける。
ポメリーが創業した1800年代、シャンパーニュといえば甘口が主流で、食後酒のように楽しまれていた。そんななか、1874年、マダム・ポメリーは史上初めて糖を抑えた「ブリュット(辛口)」を考案。食前や食中にも沿う存在に変貌させた。先見性のあったマダムはアートにも造詣が深く、若い芸術家が作品を発表する場として地下カーヴを提供していたという。
このところ、ビジネスにおいてはアートがある種のトレンドとなり、漠然と「アートを取り入れたい」という企業が増えている。高級アルコール飲料の分野ではそれ以前から、アーティストにラベルやボトルを依頼、アワードを実施するなどして話題を集めてきたブランドも少なくない。果たしてポメリーは20年の取り組みでどんなインパクトを得たか。
来日したヴランケンに聞くと、「利益的な見返りは何も求めていない」と語気を強めに断言した。
「アートは、世界の美しさや未来に対して、人々の心や頭、目を開かせてくれるもの。アーティストは、“something different”に気づかせてくれる存在です。私は彼らと仕事をするのが好きですし、大勢の人々がアートに触れる機会を提供することこそが、未来につながっていくと信じています。スポンサーシップでもなく、マーケティングでもない。派手な露出もないので、見えるかたちで “利用”している企業の方がアートにおいてパワフルだと思われるでしょうが、私たちには『何も求めずにやっている』という強さがあります」
そうして続けられるのは、確実に未来を見ているからなのだろう。マダム・ポメリーによるブリュットの発明を「シャンパーニュにおいてこれほど優れたアイデアはない」と振り返るヴランケンは、老舗メゾンのあり方について「過去を敬い、遺産を継承しながら、未来のために大胆であること。それが今の世代の役割で、何かを成し遂げたと言われるには私はまだ若く、功績とはいずれ認められるものです」と語る。
次世代を見据え、明日への見識をくれるアートにコミットする。直接的ではないが、長期的で理想的なアートとビジネスの共創のかたちではないだろうか。