そんな時、人材や制作体制も丸ごと受け入れ、新会社「地球の歩き方」として再出発する手厚い事業継承をしたのが、出版・教育大手の学研グループだ。なぜ、どん底の事業を三顧の礼で迎えたのか。元バックパッカーという新会社の新井邦弘社長に、事業譲渡の経緯と他社ブランドを引き継ぐ際の心構え、その後のV字回復について聞いた。
事業承継総合メディア「賢者の選択 サクセッション」から紹介しよう。(転載元の記事はこちら)
ちょっと5分いい? 突然の社長指名
──2020年11月、ダイヤモンド・ビッグ社(以下、ビッグ社)が刊行していた『地球の歩き方』の出版事業とインバウンド事業が、学研プラス(当時)に譲渡されるニュースが流れた時は、出版界のみならず多くの旅行ファンが衝撃を受けました。この事業譲渡の経緯について教えてもらえますか。新井 当時、私は学研ホールディングスのグローバル戦略室という海外事業の仕事をしていました。実は、事業譲渡の交渉に私は携わっていません。私に話が来た時は、譲渡の枠組みはほぼ決まっていました。事業譲渡が公表される直前、経営戦略室長から「ちょっと5分いい?」と言われ、別室で「『地球の歩き方』がうちに来ることになった」と切り出されました。
その時には、新会社を設立して受け入れることも、3年間の再生計画もできあがっていて、「新井が社長の候補に上がっているけど、どう?」という意思確認があった程度でした。
元バックパッカーで愛読者だったから
──その時の気持ちはどうだったのでしょう。新井 また出版事業で仕事ができるという、純粋な喜びは感じました。編集の現場を離れて7年が経っていましたから、再び出版に関われるとは思っていなかったのです。
私も元はバックパッカーで、『地球の歩き方』にお世話になっていたので、「あの『地球の歩き方』をやれるの?」という喜びもありました。社内で海外経験があり、経営も編集も分かる人間は自分くらいかなという思いもあって、「やれと言われればやるよ」と返事をして、本当に5分で話が終わりました。
──新井社長にとっても寝耳に水で、ぎりぎりのタイミングだったのですね。
新井 2020年11月16日に対外発表をしましたが、詳しい話を聞いたのは確か前週でした。慌てて走り始めて12月1日に会社登記をし、同時にビッグ社から新会社での勤務を希望する人の面接がはじまりました。一般採用も受け付けていたので、面接と並行して各種手続きを進めました。
一方で、ビッグ社の10万冊を超える在庫を、当社の倉庫に移す作業も必要でした。しかも年明けすぐに商品として流通できるよう、すべての本に新しいISBNコードのシールを貼らなければならない。
何しろ時間がない。私の手帳は予定で真っ黒でした。当社の事務担当や流通部門が年末ぎりぎりまで作業をしてくれて、総出で間に合わせました。