「多様性」を積極的に取り入れる、ヨーロッパ最大の経営戦略コンサルティングファーム、ローランド・ベルガー日本代表の大橋譲と、ダイバーシティ社会の設計について語り合った。
大橋譲(以下、大橋): 今日は永山さんのご事務所に伺っていますが、ここからは永山さんが関わった「東急歌舞伎町タワー」も見えますね。こうした公共性の高い仕事を手がけられる一方で、個人の邸宅や商業施設も設計されています。建築の仕事というものは、建物の大小によって全く別の仕事の仕方になるものですか?
永山祐子(以下、永山):関わる人員や工程、予算など、プロジェクトの規模や種類で大きく異なる要素はあるにせよ、仕事のスタンスは変わりません。建築の仕事とは「依頼主の問題を解決する」に尽きると思っているんです。
大橋:「問題を解決する」というのは、私たちコンサルタントの仕事とも共通しますね。
永山:そうかもしれません。依頼を受けたら、まずは「現場を見る」ところから始めるんです。現場を見なければ、問題がどこにあるのかわかりませんから。
大橋:面白いですね。依頼主が「こういうものを作ってほしい」と言ったものを、そのまま作るわけではない。
永山:「本当に欲しいもの」が何なのかは、意外と依頼主自身もわかっていないことが多いんです。例えば以前、あるケーキ屋さんから古くなった店舗兼住居の建て替え依頼を受けたことがありました。
1階が店舗、2階が住まいになっているんですが、早速現地調査をしたところ、2階の南側のカーテンが閉まっていたんです。理由を尋ねてみると、「お客さんに家のなかを見られたくないから」とおっしゃっていて。
大橋:店舗と住居が同じ建物だと、プライベートとパブリックの関係が難しいわけですね。
永山:「この問題を解決する必要があるんだな」と感じました。そこで、店舗と住居の間に空気の層を作り、両者の空間を分ける設計にしたのです。そして店舗の天井部をガラス張りにして開放的で明るい雰囲気を作る一方、住居は道路や店舗からは見えないようにしてプライバシーを確保しました。
大橋:まさに店舗と住宅、両方の問題を解決したわけですね。
永山:店舗がミュージアムのような外観になったことで、興味をもって入ってきてくださるお客様が増え、売り上げも2倍になったそうです。さすがに、そこまでは想定していませんでしたが(笑)。
大橋:建て替えが、売り上げにまで貢献することになったとは。今のお話を伺って思い出したのは、弊社の創業者ローランド・ベルガーが独立後に最初に関わったという案件です。
永山:どんなケースだったんですか?
大橋:コインランドリーの改善です。
当時のコインランドリーは暗くて狭い空間に洗濯機の音がゴーゴー鳴るだけの陰鬱な雰囲気で、決してポジティブな空間ではありませんでした。顧客からの依頼は「利用者を増やすこと」でしたが、ベルガー氏が挑戦したのは、コインランドリーの「イメージの刷新」。
より開かれたスペースを作り、洗濯を待つ人々が軽い会話を交わしたくなるような場所を生み出しました。それこそ、現代のコインランドリーの原型のようなものを発案したのです。その結果、売り上げが3倍に伸びたそうです。
永山:問題を解決するために、空間にアプローチする。たしかに、私の仕事とまったく同じですね。
環境を整えなければ、女性の活躍も進まない
大橋:永山さんはドバイ万博の日本館に続き、大阪・関西万博で「ウーマンズ パビリオン」の設計を担当されるそうですね。ウーマンズ パビリオン自体、ドバイ万博から始まった新たなコンセプトの施設ですが、どのような思いで設計に臨まれたのでしょうか。
永山:正直に言えば、女性だから〜というのは、私自身あまり意識してこなかったんです。でも、例えば発展途上国を訪れると、性別がまさに生死に関わる問題になっている現実を目の当たりにしますよね。
また、やはり子どもを産むと、出産や子育てのなかでジェンダーギャップが厳然と存在することを実感します。娘が産まれてからは、「この子が生きていく世界を、もう少し生きやすくしてあげたい」という思いが強くなり、ウーマンズ パビリオンに携われることは、私にとっても意義深いと感じています。
大橋:ご自身のなかでも、ふさわしいタイミングだったのですね。
永山:ただ一方で、「ウーマンズ パビリオン」という言葉に対して、若い女性から拒否反応を示されることもあるんです。「女性も活躍しよう」と周りから言われることに対して、プレッシャーや違和感がある女性も多いのかもしれないですね。
大橋:なるほど。私も4年前に弊社の日本代表に就任して以来、本社からたびたび管理職の女性比率を上げるように言われています。ただ、実際に役職を公募すると、女性社員からの応募が少なくて。
私自身、「女性枠」のような形での登用は失礼にも感じますし、女性が昇進を望まない背景には環境的な理由もあるように思えます。そこを解決しないままでは、実際に女性が活躍する社会にはならないですよね。
永山:おっしゃる通り、制度や環境の問題も大きいですね。「女性の皆さん、がんばってください」と言われても、ベビーシッター代は経費にならないなど、制度的なバックアップがなかったりする。これでは、「がんばっても、誰も助けてくれない」と思うのも、当たり前ですよね。
大橋:弊社も、状況に応じてベビーシッターを割引で利用できるサービスを導入したり、コアタイムを廃止して就業時間を柔軟にしたりするなど、制度を整えるところから始めています。ちなみに、永山さんの事務所の男女比はどのくらいですか。
永山:だいたい半々です。「子どもがいるので、家で仕事します」というスタッフも、男女問わずいますね。打ち合わせはオンラインでもできますし、しっかり成果を出せるのであれば、ある程度柔軟でも問題ないと思っています。
大橋:それは素晴らしい。永山さんの働き方がお手本になっているのかもしれませんね。
下の世代に、挑戦のロールモデルを示したい
永山:女性に限らずですが、今の若い人が成功への意欲を持たなくなったのは、「成功した先にある幸せ」を示せなかった、私たちの世代の責任でもあると思っています。だからこそ、制度面でも働き方の面でも、これまでのやり方を積極的に変えていきたいし、幸せに働き続けられるロールモデルを示したいなと。大橋:決して「今の若者は向上心がなくてけしからん!」という話ではないですよね。
永山:建築の規制にも通ずる話だと感じています。例えば、「ここに柵を作らないと、安全面で指摘されそう」みたいな先回りをして、必要ない柵を立ててしまうとか。
「リスクがありそうだからやめておこう」と、警戒ばかりしてしまうと、チャレンジングな試みはできなくなります。
大橋:そもそも建築家の方々は安全性への配慮をきちんと行っているはずですから、「誰かから何か言われるかも」と忖度してしまうのは、たしかに無意味ですね。
永山:私が設計した「東急歌舞伎町タワー」も、かなりガラスにこだわっているんですが、表面の特殊印刷はほとんど中国で行っているんです。
大橋:えっ、そうなんですか。
永山:日本だと、ガラスのサイズが大きかったり加工が特殊だったりする場合に「規定があるので難しいです」と断られてしまうことが多くて。中国の技術者たちは、加工の精度が高いのはもちろん、とりあえず「やってみる!」と言ってくれるのがありがたいんです。
大橋:できるかわからないことに挑戦するマインドがあるんですね。
永山:まさにそうです。もちろん日本でも、少量であれば対応してくださるところは見つかるのですが、大量に必要な場合はどうしても難しいんです。中国は技術者も若いし、工場も大きい。何より、挑戦に前向きな空気があるので、出張に行くと毎回元気になりますね。
「誰にとっても使いやすい建築」は実現できるか
大橋:今回、永山さんにぜひ聞きたかったことがあります。それは「建築物のダイバーシティをどうお考えか」ということです。近年、日本にはたくさんの観光客が訪れます。建物もさまざまな人にとって使いやすい建物でなければいけません。こうした状況について、永山さんはどう感じておられるのでしょうか。永山:以前パラスポーツの施設を設計した際に、「障害のある方々にとって使いやすい建築とは、どのようなものなのだろう」と考えたのですが、「全ての人にとって使いやすい」というのはやっぱり難しいんです。例えば、点字ブロックは目の見えない人にとっては便利ですが、車椅子の人にとっては不便になってしまいます。
大橋:たしかに、全員にとって便利な状態はあり得ないのかもしれませんね。
永山:では、どうすればいいのか。正解がないからこそ、柔軟性を大事にするべきなのではないでしょうか。ハードを作り込みすぎると、「誰かにとっての便利」に偏りすぎてしまいます。
そうではなくて、運用してみてから考える、やはり不便だからやり方を変えようと議論できる、そうした余地のある柔軟な建築物を作りたいと考えています。トライアンドエラーができる建築。可変性を含む建築。修正できる建築といってもいいかもしれません。
大橋:なるほど。ハードとして作り込みすぎず、できてから使い方を自分たちで決められる建物。
永山:そもそも建築は建てた段階から古くなる一方ですし、だんだんと新しい時代に合わなくなっていくものです。だからこそ、可変性を持たせたり、作り込みすぎないようにしたりということを意識しています。自分の作ったものを誰かがリノベーションしてくれるのは、むしろ面白いと思っています。
大橋:自分の作品が誰かにリノベーションされてもよい、というのはすごく新鮮な意見に感じます。
永山:「自分を表現したい」と思って建築することはほとんどありません。むしろ、自然に設計していくうちに「手くせ」というか、「自分らしさ」は出てきますから。逆に、何かを無理に表現しようとすると「表現のための建築」になってしまいますよね。ですから、建築における作家性みたいなものに、私はこだわっていないんです。
大橋:私たちもコンサルタントとしてお客様の経営課題に取り組む時、たまに「大橋さんらしくやってください」と言われます。でも、「らしさ」は目の前のお客さんの経営課題を解決しようとしたら、自然と現れてくるものですね。
永山:私もよく「永山さんらしく」と言われます(笑)。結果的に「らしく」なることはあると思いますが、それを最初から目指しているわけではないんですよね。
大橋:いやあ、建築とコンサルティングって、意外な共通点が多いんですね。非常に興味深かったです。本日はありがとうございました。
対談を終えて 大橋 譲
今回の対談を通して、永山さんの“現代を生きる建築家”としての考え方は、ダイバーシティに対する本質的な向き合い方としても、新たな発見、そして共通点の多いものであった。1. 与えられたゴールのみを注視しないこと。課題の本質を見抜き、そこから出発する。
2. 女性の活躍のために役割だけを与えることは根本的な変化は起きない。背景にある理由を汲み取り、「平等」ではなく「公正」さのために環境を整えることが重要
3. リスクは怖いもの。しかし、現状の枠を越えてチャレンジしなければ可能性は生まれない
4. 「自分らしさ」は追求せずとも映し出されるもの。目の前の課題に邁進することが自然と違いを生み出す
5. 時代とともに必要とされることも課題も変わって行く。その時に合った姿に変容して行くことにこそ、“多様性”が存在する
ダイバーシティの本質とは、短期間で達成・完成するものではなく、時には長い時間やプロセスを経て実現されるものなのかもしれない。それは無理に新たなものを作り出すことでも、与えることでもなく、物事のあるべき姿や本質を突き詰めて行く過程で、自然と実現されて行くことでもある。多くのビジネスや仕事の中に普遍性を持って存在する要素なのだと思う。