ボルボ・カー・ジャパンの不動奈緒美社長は、昨年8月24日に開かれた新型BEV「EX30」の発表会を振り返った。
怒涛の一週間だった。不動の社長就任が発表されたのは発表会直前の8月17日。新モデルのプレゼンテーションはトップが行う。前社長はグローバル戦略や技術的な魅力を伝える準備をしていたが、不動カラーを出すために内容を差し替えた。
「EX30は機械式駐車場にもとめられるボルボ史上最小のコンパクトSUVで、誰でも運転しやすい。日本のマーケットに合ったモデルであることは私が伝えたほうがアピールできると思って強調しました」
新たに伝えたい内容を頭に詰め込んだだけではない。発表会の後にはプレスの囲み取材があり、突っ込んだ質問が飛んでくる。社長就任の内示は8月頭で、そこから経営データなどをインプットしたが、ディテールまで完璧とはいかなかった。競合を含めたEVの最新動向など、寝る間を惜しんでギリギリまで勉強した。頭痛がしたのも無理はない。
新モデル発表会は首尾よく終わったが、不動は「その後のほうが大変だった」と明かす。ボルボはグローバルで大型SUVのEX90を先行して展開している。しかし、ジャパンは市場の特性にあわせて小型のEX30を先行投入することを要望。本社と交渉を重ねて承認されたが、条件のひとつが、グローバルで2年前から始まっていたオンライン直販チャネルの構築だった。そのプロジェクトを指揮していたのが、保険会社から転職してDTCオペレーションの責任者を務めていた不動だった。
「基盤システムはグローバル共通ですが、各国で税制が異なるので、それを開発チームに理解してもらわなければいけません。またどのように役割分担するのか、ディーラーさんにも理解いただく必要があります。発表会時点で、プロジェクトの進捗は5合目。11月のローンチに間に合わせるために、社長就任後も駆けずり回っていました」
そのかいあって、オンライン販売は無事にスタート。ユーザーの反応は不動を勇気づけた。ディーラーの営業時間外である夜9時以降に購入した客が全体の約2割いたのだ。
「『今見えているものがすべてではない』が私の信条。見えているものの先には、もっと別の未来があります。例えば私たちはディーラーさんを通じてお客様の声を聞いていますが、その向こうにはまだ見えていないお客様がいるかもしれない。オンラインのチャネルでその存在が見えきたのは本当に良かった」
不動が今見えているものの向こう側に思いをはせるのは、子どものころからだった。父は娘をプロゴルファーにしようとゴルフ漬けの日々を送らせた。しかし不動が夢中になったのは父がコレクションしていたLPレコード。グレン・ミラーやビートルズのジャケットを見て、「海の向こうに行きたい」と夢を膨らませた。
建築を学ぶため大学でアメリカに留学。寂しさが募って日本にコレクトコールをかけた夜もあったが、好奇心が上回り、卒業後そのまま現地のソフトウェア会社に就職。それがテックとの出会いだった。