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2024.07.03 11:00

JR東日本・マルハニチロ・東京大学が高輪で挑む、100年先の地球のための「食」改革

JR東日本と東京大学は2023年10月、100年先の心豊かなくらしの実現に向けて、「プラネタリーヘルス」を創造するための協創プロジェクト「Planetary Health Design Laboratory」(PHD Lab.)を立ち上げた。このプラネタリーヘルスとは、人の経済活動が、健康や都市環境、地球上の生物・自然に与える影響を分析し、「人・街・地球」の全てがバランスよく良好に保たれるようなくらしづくりを目指す考え方を指す。

そして、24年5月31日には、JR東日本と東京大学、そして同地に本社を移転するマルハニチロを加えた3者が、人と地球に優しい食「プラネタリーヘルスダイエット」を通じて、地球益の創造を目指すことが発表された。環境負荷の少ない魚食をリデザインすることで、プラネタリーヘルスに貢献する。

TAKANAWA GATEWAY CITYからプラネタリーヘルスダイエットの可能性を世界に発信し、どのような変革を起こしていくのか、JR東日本マーケティング本部まちづくり部門品川ユニットマネージャーの松尾俊彦、マルハニチロ執行役員・事業企画部、中央研究所、DX推進部担当兼物流ユニット長の小関仁孝、東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授の五十嵐圭日子に話を聞いた。


2025年3月にまちびらきを迎えるTAKANAWA GATEWAY CITYは、「100年先の心豊かなくらしのための実験場」をテーマに掲げて開発が進められている。多様で先端的な知や技術を繋げ、かけ合わせることで、新たなビジネス・文化を創造することを目指す施設TAKANAWA GATEWAY Link Scholars‘ Hubの誕生も発表された。松尾俊彦は、その源流について、「この地で発見された日本初の鉄道を走らせるためにつくった高輪築堤を見て、150年前に鉄道を走らせた先達の挑戦に刺激を受けた」と振り返る。

「明治の先達は日本を強い国にしたいという思いから、高輪の当時海だった場所に鉄道を走らせるというイノベーションを起こしました。その意気をこの地で感じたとき、私たちが新たなイノベーションを起こすには、100年先を見据えて、地球を良くしていくという高い目標を志として掲げるべきだと考えたのです。そのために、課題解決を目指す人々が集まりトライできる場所という意味で、実験場をコンセプトに掲げました」

JR東日本マーケティング本部まちづくり部門品川ユニットマネージャーの松尾俊彦

JR東日本マーケティング本部まちづくり部門品川ユニットマネージャーの松尾俊彦

このトライに向けて、タッグを組んだのが東京大学だ。五十嵐圭日子は、「本郷、駒場、柏等各キャンパスと連携しながら学際的な場として東京大学GATEWAY Campusをつくります」と期待をにじませる。東京大学GATEWAY Campusをつくる背景には、都心に存在し、歴史ある建造物に囲まれるがゆえに、閉鎖的な組織風土になってしまうという課題感もあったという。

「東京大学150年の歴史のなかでも、一から産・学・官・民共に街をつくっていくというチャンスはありませんでしたから、未来に向けて試行錯誤できるというこの壮大なプロジェクトに一目惚れしたんです。多くの企業が入り、ショッピングモールもあり、たくさんの人が行き交う。東大がこれまでとまったく異なる環境のなかに入って、組織の枠を越えた学際的な研究や実験、ディスカッションをすることで、新たなイノベーションが生まれると期待しています」

そんな両者のビジョンに賛同し、TAKANAWA GATEWAY CITYに本社を移転させることを決めたのがマルハニチロだ。同社は鮮魚仲買運搬事業を祖業とし、その後、遠洋漁業に進出、現在は水産に強みを持つグローバルな総合食品企業として創業144年の歴史をもつ。小関仁孝は、この3者の出会いを「めぐり合わせ」と表現する。

「これまで弊社は、排他的経済水域の設定など事業構造の根幹に関わるような大きな外部環境変化に適宜対応するなかで事業構造の転換を図ってきました。しかし、今後100年を考えると、より主体的にイノベーションを起こしていく必要があります。アカデミアやスタートアップなどとつながるオープンイノベーションをより促進させることは、私たちの成長と同時に、世の中を変えることにつながるのではないかと感じました。だからこそ、このイノベーティブな環境に本社を移転して、新たなプロジェクトに参加することにしたのです」

TAKANAWA GATEWAY CITYを養殖実験場に


水産加工大手のマルハニチロが参画し、3者で進めていくプラネタリーヘルスダイエットでは、魚食のリデザインをビジョン実現に向けた取り組みの柱に据えている。その背景には、環境負荷が少ない魚食が人口増と食料難の問題を解決し、プラネタリーヘルスに貢献するポテンシャルを秘めていることが挙げられる。プロジェクトの前提となる魚食をめぐる状況について、小関は指摘する。

「現在、人口に対するタンパク質の需要と供給のバランスが崩れるタンパク質危機が世界的な問題となっており、その解決策のひとつとして魚食に注目が集まっています。しかし、天然水産物の生産量は資源管理面からみて頭打ちで、残る養殖も生産適地の制限もあり、人口が増えれば養殖を増やせばいいという話ではなくなっています」

マルハニチロ執行役員・事業企画部、中央研究所、DX推進部担当兼物流ユニット長の小関仁孝

マルハニチロ執行役員・事業企画部、中央研究所、DX推進部担当兼物流ユニット長の小関仁孝

これは、環境負荷が少ない魚食を拡大することで、タンパク質危機とプラネタリーヘルスに貢献できるという指摘だ。いずれ、日本人以上に魚食のハードルが高い海外にリデザインのノウハウを輸出することによって、ビジネスチャンスにもつながる可能性は高い。ひるがえって、過去に最大の水産物消費国であった日本での魚食が減り続けているのも現実だ。この理想と現実の乖離をどう縮めていくのか。小関は「方策には大きく2つの柱がある」と続ける。

「魚食のリデザインの柱は、エフォートレスな食材にすることと陸上養殖といった新たな養殖技術を開発し、広めることの2つです。調理スキルが必要で、食肉に比べ可食部が少なく、鮮度劣化が早い水産物は、現在の消費者にとって必ずしもユーザーフレンドリーな食材とはみなされなくなりました。これをエフォートレスな(手間のかからない)食材に変えていくことが第一です。次に、国内で消費されるサーモンなどは空輸されていますが、カーボンフットプリント(原材料調達から廃棄、リサイクルに至るまでの排出CO2)やヴァーチャルウォーターなど地球環境への影響を考えると、地産地消が可能となる陸上養殖のような仕組みを構築していくべきです」




エフォートレスな食材の開発は、小関ら水産会社が追求し続けてきた分野だ。だが、陸上養殖の拡大には、用地確保や電力問題など解決しなければならない問題も多く、新たなイノベーションが必要になってくる。それを支えるのが、アカデミアの知見となるだろう。五十嵐は「都市を生産拠点にすることにもトライしたい」と、語る。

「2021年のG7サミットで、2030年までに国土の30%以上を自然環境エリアとして保全する30by30が採択されました。つまり、人間が生産活動に使用できるのは7割で、何をどう生産するのか、分配しなければならないのです。TAKANAWA GATEWAY CITYで得られた成果を地方に展開してその結果をまた持ち帰る。そうやって、私たちは分配のバランスを最適化するアルゴリズムをつくっていきたい。陸上養殖を通じて都市を生産拠点にすることができれば、ネイチャーポジティブ(30by30のゴール。生物多様性の損失を止め、軌道回復に乗せること)と地方創生の両面で貢献することができます」

東京大学大学院農学生命科学研究科教授の五十嵐圭日子

東京大学大学院農学生命科学研究科教授の五十嵐圭日子

先述のTAKANAWA GATEWAY Link Scholars’ Hubには、水槽を備えたウエットラボがあり、陸上養殖に適した魚種の研究などが行える。そして、JRが持つデータバンクでもあるSuicaに蓄積されたデータを実証実験に活用し、JR東日本が有する1,700の駅、1日1,500万人の輸送人員に向けて社会実装することができる。TAKANAWA GATEWAY CITYで3者が協創する意味は、まさにここにある。

協創イノベーションのロールモデルになる


豊富な顧客接点と移動データを持つJR東日本、海を起点とした多様な食材・食品の供給能力を有すマルハニチロ、多様な先端的な知を備える東京大学。それぞれの視点から、TAKANAWA GATEWAY CITYでプラネタリーヘルスダイエットに挑戦する意味を改めて聞いてみた。

松尾は次の150年後の世代に想いを寄せる。

「100年後、150年後の世代が、地球益のためにトライした私たちの姿を見て、自分たちが未来に何を残すのか、何をすればいいのか、その課題を考えるきっかけの場にしてもらいたい。世界中から訪れた人たちが、自分なりの希望や勇気づけ、ヒントを見つけられる場所をつくることが、私たちの使命だと思います」

小関は3者によるかけ合わせからイノベーションが生まれることに期待する。

「3者の協創は、多様性と専門性の掛け算です。ここには、それを生み出す環境が備わっているので、新たなイノベーションが生まれると期待しています。TAKANAWA GATEWAY CITYがつながりと共感のモデルケースとなり、イノベーションが生まれる起点となることを目指していきます」

そして最後に、五十嵐は100年という時間の重要性をこう語った。

「実は私の祖父は国鉄マンの技術師で、『鉄道100年の技術』という本を記しました。読み返すと、100年で技術が大きく進歩していることがわかる一方で、コロナ禍でのマスク姿がスペイン風邪当時と変わらないように、人間や環境は100年では変わりません。この時間感覚はとても大切です。変わることが難しい人間や環境を前提として、技術を高めていかなければならない。そのために、我々の行動を制限するさまざまな壁を取り払い、人が集まる場所にしていきたいのです」

3者の和やかな空気感からも、この取り組みにおける思いがいかに一致し、明るい同じ未来を見つめているかがうかがえた

3者の和やかな空気感からも、この取り組みにおける思いがいかに一致し、明るい同じ未来を見つめているかがうかがえた

3者の発言に共通するように、TAKANAWA GATEWAY CITYには3者のみならず、海外のアカデミアや企業、国内のスタートアップからアーティストまでを受け入れる素地がつくられている。150年前に文明開化の汽笛が鳴り響いた高輪は、日本から世界に向けて、新たなイノベーションを発信していく実験場に生まれ変わっていく。100年先を見越したまちづくりが世界をどう変えていくのか——彼らは共にイノベーションを起こす企業人、研究者、さまざまな同志の参画を待っている。


松尾俊彦(まつお・としひこ)◎東日本旅客鉄道株式会社 マーケティング本部まちづくり部門品川ユニットマネージャー。駅ビルatreにてショッピングセンターの運営開発、高崎駅や新潟駅等のまちづくり企画、新規事業企画等を担当。2014年、MBA取得。2016年よりTAKANAWA GATEWAY CITYの企画において主にパートナー企業と協創事業づくりを担当している。

小関仁孝(こせき・よしたか)◎マルハニチロ株式会社 執行役員・事業企画部、中央研究所、DX推進部担当兼物流ユニット長。2000年前後から投資管理や経営企画、事業企画等を長年担当し、経営戦略・計画の策定や数多くのM&Aや企業売却・リストラクチャリング等に関与。現在は、内外の関係者との“つながり”を通じた様々なイノベーション・改革推進支援を進めている。

五十嵐圭日子(いがらし・きよひこ)◎東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授。1999年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。在学中、米国ジョージア大学派遣研究員、学位取得後は日本学術振興会特別研究員(PD)、スウェーデン国ウプサラ大学博士研究員を経て、2002年より東京大学大学院農学生命科学研究科助手、2007年より同助教、2009年より同准教授、2021年より現職。2016年から2019年フィンランド技術研究センター客員教授、2018年から新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)技術戦略センターフェローを兼務。2022年から総長特任補佐。木や草からエネルギーやマテリアルを生産する研究の第一人者。

Promoted by プラネタリーヘルスダイエット プロジェクト | text by Kenji Yoshinaga | photographs by Yutaro Yamaguchi | edited by Miki Chigira