そうした頭の中にあるアイデアをかたちにすることを目的に、ディラン・フィールド(31)は2012年、プロダクト・デベロップメント企業「Figma(フィグマ)」を立ち上げた。彼は創業時のビジョンについて、このように振り返る。
「創業時のビジョンは『想像と現実の間の溝をなくす』ことでした。私にとってそれは、『頭の中にあるアイデアを実現するのに、どうすれば作業スピードを10倍速できるか、あるいは時間を10分の1に短縮できるか』というものだったのです」
フィールドが掲げた創業時のビジョンは一見、壮大でありながら、その背景にある考えは具体的である。自社ブログで「CEOとしての仕事の醍醐味の一つは、人類学者としての役割」だと語る彼は、インタビューでも、課題や考察については穏やかな語り口で淡々とデータを交えながら明瞭に話す。その一方で、ビジョンについては伝えるべきことが多くて気が急いているかのように、少しだけ熱っぽく早口になる。
──アイデアをかたちにする。つまり、想像やイメージを考えて磨き、それを言葉やビジュアルで伝え、製品やサービスとして完成させるまでの工程を意味する。その全行程の中でも重要な一部に「デザイン」がある。そこには意匠も設計も含まれるが、iPhoneやテスラなどの例を挙げるまでもなく、今日の世界的なヒットとなっている製品の魅力の一つにデザインがある点に異論はないだろう。Figmaの製品群で、デザインを含め、ユーザーが辿るアイデアを具現化するまでの旅の全体像を描くことができるのだ。
米カリフォルニア州サンフランシスコに本社を置くFigmaは、評価額が10億ドル以上の未上場企業、いわゆる“ユニコーン”として注目を集めてきた(編集部註:2024年5月現在の評価額は推定で約125億ドル)。米テクノロジー企業大手のマイクロソフトやグーグル、民泊アプリのAirbnb(エアービーアンドビー)、独自動車メーカーBMW、米動画配信企業Netflix(ネットフリックス)、英金融大手HSBCなどの顧客を抱え、2022年3月には日本にも進出。製品もローカライズされ、日本語サポートにも対応している。
それが2022年9月に、画像編集ソフトウェアPhotoshopなどの開発元、米テック大手Adobe(アドビ)による約200億ドルの合併・買収が発表されると、世界中の耳目を集めた。同時にそれは、近年のテック大手による市場占有率の高さを危惧する米司法省の注意も引いてしまう。欧州委員会と英国競争‧市場庁からも承認を得るのが難しいと判断した結果、2023年12月に両社は合併契約の終了に合意している。