米公共ラジオ(NPR)のトーク番組「フレッシュ・エアー」に先だって出演した世界的著名チェリストのヨーヨー・マは、司会者のテリー・グロスに対し、音楽家はコンサートで失敗することを前提にはできないとしたうえで「私が立ちすくまずにいられるのは、ただ、自分がベストを尽くしていると言えるから。そして、もしうまくいかなくても、私がベストを尽くそうとしていると聴衆は知っているからだ」と語った。
また、燃え尽き症候群を回避し、生き生きと仕事を続ける秘訣について「どうすれば若々しさや元気を回復し、常に好奇心と行動力を持ってベストを尽くせるのか。私はノイローゼになりたくないので、自分を許すようにしている」とも話した。
「完璧さ」の追及には限界がある
優秀な人間にとって、自分の限界を理解するというのは難題であることが多い。ヨーヨー・マによれば、音楽家は「工業的美学」の罠に自らを追い込んでしまう場合があるという。つまり、製造業がめざすような「ミスのない」演奏である。さらなる知見を求めて、筆者は指揮者のティファニー・チャンに話を聞いた。チャンはオーケストラのメンバーに「毎回まったく同じ演奏をする必要はないと言っている」という。
「音楽家にとって理想の演奏を思い描くのはたやすいことで、その理想を再現しようと練習に全力を注ぐ。だが、それは必ずしも現実的ではない。フレージングもテンポの変化も、合わせるのが難しい箇所も、きっかり同じように演奏する必要はないのだ。それよりも、その瞬間に(演奏者同士が)互いを意識し、力を合わせてその楽節を演奏しきることが大切だ」
オーケストラ奏者には「完璧な演奏をすることが目的ではないと念押ししている」とチャンはいう。「より良い演奏をめざして一歩を踏み出すことこそがゴールだ。たった1つの完璧な楽曲解釈などというものは存在しない。今日私たちが直面している人的その他のあらゆる要因に照らして、今の私たちが正しいと思う解釈があるだけだ。完璧であることよりも、より良いものをめざすことに集中するほうが有益だ」