ただ、SO管理のSaaSだけでは、顧客が限定されるためビジネスとしては小粒だ。宮田が心を躍らせたのは、先の展開が浮かんだからだった。
「IPO前でもSOを行使して株に換え、それを売買できる非上場株のセカンダリー市場があれば、SOに換金性が備わり報酬として魅力的になります。さらにSOで報酬を得た人がエンジェル投資家になって再投資する仕組みがあれば、日本のスタートアップはもっと盛り上がります。セカンダリーや再投資の事業は収益性が高く、挑戦しがいがある」
SO管理SaaSは人事系サービスだが、セカンダリーや再投資事業は金融に近く、やるならSmartHRとは別の箱を用意したほうがいい。そこまで構想したところで事業計画書を一気に書き上げ、新会社設立に動いたのだった。
これ以上ないベストタイミング
立ち上げメンバーは、宮田と高橋の2人だけ。SmartHRから人を奪って迷惑はかけたくなかった。採用は比較的順調だった。すでに宮田にSmartHRをつくった実績があったからだ。信用力の高さは起業2周目のメリットだったが、一方で成功体験に足元をすくわれたこともある。「スタートッアップは、よくコーポレートサイトに社員を顔出しで紹介しますよね。規模が大きくなるとどうせやらなくなるから、今回は最初からやらなかったんです。すると、応募者から『顔が見えなくて怖い。応募しづらかった』。反省して顔写真を掲載したら、応募が増えました。2周目でも気づきは多いですよ」
立ち上げから2年半。現在、組織は30人規模に。SaaSは23年10月から有料化し、以降はMRR(月次経常収益)が約30%で伸びている。政府が「スタートアップ育成5か年計画」を出したことで、SOやセカンダリーに関する法改正が進み、急速に環境が整備されている。マーケットが熱を帯びる前に始めた事業だが、「結果的にこれ以上ないぐらいベストなタイミングだった」と宮田は振り返る。足元では、セカンダリー事業に必要な業者登録をすべく準備中だ。
日本のスタートアップが抱える課題を渦中で感じていた経験者だからこそ、2周目の起業にかける思いは強いに違いない。そう問うと、「業界を良くしたいというのは表の目的」と明かした。「極論すればテーマは何でもいいんです。僕にとって、起業は部活の感覚に近い。仲間と甲子園を目指すように、気のいいメンバーを集めて高い山に挑戦するプロセスそのものが楽しい。ダサいからあまり言っていませんが、身近な人たちに褒められたいというのが裏の目的です(笑)」
みやた・しょうじ◎1984年生まれ。専修大学卒。2013年にKUFU(現SmartHR)を創業。15年に自身の闘病経験をもとに開発したクラウド人事労務ソフト「SmartHR」を公開。22年1月に同社代表取締役社長を退任し、100%子会社のNstockを立ち上げてCEOに就任した。