この現状に切り込み、新たな価値を創造すべく、金子真育(以下、金子)がCEOとなって設立したのが完全独立型スポーツエージェンシー「All-Grip」だ。同社が目指す企業とスポーツコンテンツをつなぐ未来とはどのようなものなのだろうか。
日本のスポーツ・スポンサーシップが抱える課題とAll-Gripの挑戦
スポーツには、競技の枠を超えて人々に夢や感動を与える独特の力がある。日本においても、グローバルで活躍するアスリートたちの存在によってスポーツの観客やファンが増えてきている。そんな熱気のなかで、新たな視点から注目されているのが、スポーツ・スポンサーシップマーケティングのあり方だ。2018年に、スポーツに特化した完全独立型のスポーツエージェンシー、All-Gripを立ち上げた金子は、現状の課題を次のように話す。
「スポーツ・スポンサーシップは、スポンサー企業とスポーツコンテンツを結びつけることで双方にとってwin-winの新たな価値を生み出す戦略的パートナーシップを育むことが目的です。企業は、コンテンツの権利を取得して活用することで、消費者との間に豊かな体験を伴う絆を創出し、ブランド価値の向上を図ります。しかし日本ではスタジアムや選手のユニフォームなどに企業のロゴを出すといったところまでで、イベントやキャンペーン、メディア露出など、権利を活用する有効なアクティベーションにまで至っていないケースが多いのが現状だと思います。
なぜそのような状況なのか? そこにはビジネス形態の複雑さがあると私は考えています。
スポーツビジネスのスポンサーシップが発展してきたのはここ20~30年と比較的最近のことで、大手広告代理店がひとつの広告媒体として仲介してきたという歴史があります。現在もその流れは続いており、企業とスポーツコンテンツの間に多くの企業や人が介在しています。それによってお互いの顔が見えづらくなったり、情報の非対称性や不透明性が生じてしまったりして、アクティベーションを実施する際のコミュニケーションのスピードが遅くなっている。加えて、担当者が必ずしもスポーツに精通しているとは限らないため、スポンサー企業側から見たときに『担当者の熱量が足りない』と感じてしまう場合もあるのです。
真のスポンサーシップを実現するためには、スポンサー企業とスポーツコンテンツの距離を近づけることが何よりも重要。それにより投資対効果の向上も図れると考えています」
All-Gripはそうしたスポーツビジネスが抱える課題に挑戦し、新たな価値創造を目指すスポーツエージェンシーだ。金子によると、スポンサー企業が広告の域を超え、魅力的なアクティベーションを伴うスポンサーシップを追求し始めたのを追い風に、All-Gripのようなスポーツに特化したエージェンシーが徐々に増えているという。
「実はこれまでは選択肢がなかったというのも課題だと考えていました。体調が優れないときにクリニックに行くように、スポーツビジネスのことで困ったらスポーツエージェンシーに相談できる、そういう道筋ができたことは、スポーツビジネスの過渡期におけるひとつの進化だと捉えています」と金子は強調する。
逆境を糧に開拓したAll-Gripのビジネスモデル
All-Gripは、金子のキャリアそのものと言っても過言ではない。金子は、中学1年生でゴルフを始め、本気でプロゴルファーを目指すが、道半ばでその夢を断念。しかし「ゴルフの祭典・マスターズの中継をする」という新たな目標を胸にTBSテレビに入社した。3年目にはゴルフ担当のディレクターとなり、4度にわたってマスターズの中継・取材に携わり、トップアスリートのマインドセットに強烈な刺激を受けた。その後、異動した営業部で大手広告代理店とタッグを組み、ビッグディールを積み重ねながらスポンサーシップの仕組みを貪欲に学んでいく。そんなときに、史上最年少でアマチュア優勝を果たした女子プロゴルファーの勝みなみから、マネジメントの相談を受けた。
思春期にタイガー・ウッズに憧れ、心の奥にずっと消えずに残っていた「スポーツビジネスの世界でプレーヤーになりたい」という思いに嘘はつけない。今ならこれまでの経験を礎に自力で勝負できると確信した金子は、TBSテレビを退社してAll-Gripを立ち上げた。
「今振り返ると、私も勝選手も思い切ったことをやったな、と笑ってしまうのですが、そこで得られたインサイトがなければ今の自分はありません。エージェントとして企業と直にタッグを組むなかで、スポーツ・スポンサーシップの課題が浮き彫りになり、スポーツビジネスそのものを変革しなければ業界の未来はない、と実感できたわけですから。そこで、勝選手が新たな体制を整えたのを機に、会社の事業内容を一新。ゴルフと野球を中心に自社で扱えるスポーツコンテンツの充実を図るとともに、企業に寄り添うスポンサーシップマネジメントに主軸を置くビジネスモデルを確立することにしたのです」
逆境をポジティブな発想で自らの糧とするのは、金子の強み。根底には「揺るぎないアスリートへのリスペクトとスポーツへの愛がある」と話すその表情はどこまでも明るい。
「All-Gripが目指すのは、企業とアスリートをつなぐ『コミュニケーション・コネクター』です。大切なのは、企業の経営課題とスポーツコンテンツの価値を最良の形で掛け合わせ、相思相愛な関係を築くことです。そのために私たちは双方と密にコミュニケーションを取り、単に仲介するだけでなく、契約締結からアクティベーションの実装までを個々にカスタマイズする戦略的マーケティングによって遂行しています」
金子は、スポンサーシップの価値を最大化するためには、「ストーリー」「アクティベーション」「コミュニケーション」の3つ要素が重要だと考えている。それらを主軸にWhy・What・Howを明確にしてマーケティング計画を策定する。いわばそれは、「顔の見える少数精鋭のチームによるオーダーメイドのアプローチ」と言えるだろう。
「弊社はスタッフ3人のベンチャー企業ですが、スポーツビジネスの本場アメリカでは特に珍しいことではありません。むしろ個人が表に立つことで、強力なチームであることがアピールできるのです。これは私の持論ですが、スポーツエージェントは弁護士や医師と同じ。他の誰かに任せられるものではない、という誇りと覚悟を強くもっています」
キャリアをフルに活用した全方位型の課題解決プロジェクト
ここでは、All-Gripが掲げるミッション「スポーツが持つ無限の可能性、繋ぐチカラで世界を動かす」を体現する代表的な事例を紹介する。特筆すべき点は、スポーツ業界とメディア業界の幅広い知識とネットワークを生かして「企業とアスリート」「企業とスポーツ団体(チーム)」、そして「スポーツ(ゴルフ)中継の総合演出」と全方位型のアプローチを実現していることだ。・大正製薬×プロゴルファー松山英樹
スポーツの仕事に携わる者であれば誰もが協業したいと思う「大正製薬」とゴルフ界のトップスター「松山英樹選手」を結びつけたビッグプロジェクト。大正製薬とはAll-Grip立ち上げ初期のころからコミュニケーションを積み重ね、さまざまな提案を続けるなかで得られた「ゴルフのトップアイコンであり、かつ自社の製品を愛している選手」というインサイトをもとに、TBSテレビ時代から親交があり、リポビタンDを愛飲していた松山選手を提案した。
「昨今のB2C企業のスポンサーシップでは、単なる広告ではなく、説得力を伴うリアルなストーリーが求められます。また、それまで積み重ねてきた信頼関係があったこと、松山選手のスポンサード枠が空くタイミングと大正製薬が新たな価値創造に着手するタイミングが合致したことが、契約成立の大きな要因だったと思います」(金子)
・日本管材センター×大谷翔平の在籍するロサンゼルス・ドジャース
西武ライオンズをはじめ、スポーツ・スポンサーシップに積極的に取り組む日本管材センターと、MLB(メジャーリーグベースボール)の名門球団「ロサンゼルス・ドジャース」を結びつけた事例。日本管材センターとは女子プロゴルファーへのスポンサードを通し深い付き合いがあり、大谷選手が移籍する前に、同社の創業60周年の記念事業を視野に提案した。
「これはB2Bの企業ケースで、インナーマーケティングと採用に結びつけるのが狙いでした。実際、社員の方のモチベーションが飛躍的に向上し、採用面では応募者数が約20倍にも跳ね上がったと聞いております。まさにスポーツが持つ繋ぐチカラです。また、ドジャースのスポンサーやエージェントに対するホスピタリティの精神と緻密なマーケティングからも多くの学びがありました。交渉は人と人、何より顔が見えることを重視する。世界一の球団のファミリーとして仕事をすることの醍醐味と責任を感じています」(金子)
・女子プロゴルフ大会「アース・モンダミンカップの中継総合演出」
テレビ局勤務のスキルをフルに生かし、主催者であるアース製薬とパートナーシップを結んで中継放送配信のコンテンツを制作するという新たな価値創造を実現した事例。All-Gripは放送媒体社や制作会社、技術会社、協会との交渉を一手に引き受けた。
「アース製薬さんとの共通認識は、いい中継をして視聴者にゴルフを好きになってもらうこと。『いい中継とは何か』という問いに明確な答えがないなか、最新の中継技術を取り入れた『ゴルフの見える化』をテーマに、風の情報や距離、レーダーによる弾道の追跡、さらにはラウンドリポーターによるリポート情報を組み込むなど、多方面から視聴者に楽しんでもらえる中継をつくり上げています」(金子)
企業とスポーツコンテンツの掛け合わせ次第で、スポーツ・スポンサーシップの可能性は無限に広がる。また「スポーツビジネスはワクワク感を提供できなければ意味がない」と金子が言うように、スポーツを通じたストーリーテリングを正しく行うことで、人々の感動を伴うムーブメントに発展させることができる。
「今後はネットワーク、知識、経験をさらに広げるために、もうひとつゴルフトーナメントの中継を増やしたい」と意欲を見せる。得意分野を資産に自社のアイデンティティを高めるのも金子らしい発想だ。
スポーツエージェントというダイナミックな職業と文化を根付かせる
最後に、金子が描くスポーツ・スポンサーシップの未来像を尋ねてみた。「大谷翔平の代理人のネズ・バレロとかタイガー・ウッズのエージェントのマーク・スタインバーグとか、実際に現地で見ると本当に格好いい。その人がスポーツの現場にいるだけで華やかになって選手も関係者も引き寄せられる、すごい力がある。もちろん主役は選手なのですが、そうした光り輝く『影のエージェント』の存在も実はスポーツ界には必要なのではないかと思います。『世界を動かす』という言葉をミッションに掲げたのも、世界に通用する一流を目指す、という強い意志があるからです。アスリートや企業から、All-Gripと仕事ができるのは嬉しいと言っていただけるような存在になろう、とメンバーと常に意識共有しています。
私たちがいい仕事を積み重ね、光を放つ存在になれば、スポーツスポンサーシップで相思相愛の関係が生まれ、双方の思いが伝わりやすくなり、より強力でインパクトのある選択肢を提供できるようになるはずです。今現在も、日本には私が尊敬する先輩エージェントがいるのですが、彼らと切磋琢磨しながら、幅広い領域に新たな価値を創造するスポーツエージェントという職業を確立したいと考えています」
All-Gripが切り拓くスポーツ・スポンサーシップの新章。その未来に世界を動かすどんなムーブメントが展開されるのか。スポーツを起点とするダイナミックな文化が根付くことを期待したい。
All-Grip
https://allgrip-sports.com/
金子真育(かねこまいく)◎All-Grip代表取締役 エージェント・プロデューサー。幼少期よりゴルフに親しみ、プロゴルファーを目指す。慶應義塾大学卒業後、TBSテレビに8年間勤務。6年間はスポーツ局で、ゴルフ中継のディレクターとして活躍し、トップアスリートとの関係を築く。その後、営業局に異動しテレビビジネスと広告代理店業務を深く学ぶ。2018年にスポーツエージェンシー「All-Grip」を設立。企業とスポーツコンテンツをつなぐスポンサーシップのコーディネートに尽力する。