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日本の印刷業界におけるリーディングカンパニーとしてその名を馳せる大日本印刷(DNP)。紙の印刷の縮小を多角化で乗り越え、半導体関連のナノレベル微細加工技術をはじめとする幅広い技術革新に取り組んでいる。
そのDNPは、2023年からの中期経営計画で、先行して進めてきた第三の創業を加速する構えだ。その揺るぎない決意に裏打ちされた取り組みの内容とは。
DNPの第三の創業の舵取りを行う代表取締役社長の北島義斉と、執行役員として情報システム本部長の責務を担う佐古都江の両名に、PwCコンサルティングのパートナーである原田雄輔とディレクターの小松巧実が聞いた。
北島義斉 大日本印刷 代表取締役社長
受注型から提案型へ。オールDNPで挑む第三の創業
原田雄輔(以下、原田):23年2月に公表された「DNPグループの経営の基本方針」で、「未来のあたりまえをつくる。」というブランドステートメントとともに、「持続可能なより良い社会、より心豊かな暮らし」をつくり出すための事業活動を展開していくことを社内外に宣言されました。その背景には何があったのでしょうか。
北島義斉(以下、北島):まず、第三の創業と後に言われるような変革を行っていこうと社内で打ち出したのは2015年です。その後、18年に社長に就任して人事制度の改革などを進めてきました。しかし、20年からの中期経営計画ではコロナ禍と重なり思い切った戦略が打ち出せなかったので、23年に始まる3年間の中期経営計画であらためて成長戦略を明示したのです。
従来は、印刷会社は黒子のような存在でした。得意先から「こういうものをつくってほしい」と言われたものを、どんなに難しくても開発して提供していれば、それで価値が認められ、企業成長へつなげることができました。しかし、世の中が変わり、人々の価値観が多様化するなかで、得意先の方もどういうものをつくっていけばいいのか、判断が難しくなってきています。第三の創業とは、従来の受け身型から大きく踏み出して、DNP自身が社会と生活者に向き合い、社会課題を解決し、未来をより良くするための製品やサービスを開発していくこと、またそれを武器として提案型のビジネススタイルに変革を遂げていくことだと考えています。
原田:DNPは、24年3月期の連結営業利益の6割を占めるまでに成長しているエレクトロニクス事業を筆頭に、事業の多角化で成果を出されています。さらなる変革を推進していくにあたり、DNPの「強み」をどのように捉えていますか。
北島:当社の事業は、すべて印刷技術をベースに領域を拡大してきたものです。歴史的に見ると、DNPは1876年、東京・銀座で出版印刷を行う活版印刷所として創業しました。戦後の混乱を経て、印刷技術を応用・発展させて建材や包装、エレクトロニクスへと事業分野を広げた1950年代を「第二の創業」と位置づけています。一方、70年代にコンピュータ組版(CTS)を導入するなど、デジタルデータの編集・加工や情報セキュリティ技術なども磨いてきました。
このように、印刷と情報(Printing & Information)が当社のコアバリューであり、強みですが、実際には開発に10年、20年かけて製品化したものも少なくありません。紙の印刷の縮小という厳しい状況のなかでも変化を先取りし、長期的な視点で事業化に取り組む「あきらめない」姿勢も、大きな強みと考えています。社員に望むのは、自らの強みを知り、その強みを事業部門をまたがった「オールDNP」で掛け合わせ、社外の力ともコラボレーションしていくこと。それにより新しい強みをどんどん生み出していってほしいと思っています。
原田:実践を促すためにどのような仕掛けをつくられたのですか。また意識されている取り組みはありますか。
北島:まずは、2009年から進めてきた東京・市谷の本社地区再開発により、都内に分散していた営業・企画部門を集結し、社員同士のコミュニケーションをとりやすくしています。また、エリア内には、生活者や企業・教育機関などが集ってアイデアを出し合える「DNPプラザ」や、社外パートナーとの対話と協働を実践する「P&Iラボ」など、共創型の場を設けています。現在の社会は複雑で、あらゆる要素が有機的に結びついていますから、部署単独、DNP単独ですべての課題を解決することはできません。もともと空気と水以外は何にでも印刷する、というのが当社の考え方です。さまざまな領域の方との強みを掛け合わせることで、大きな視野からプロジェクトに勢いを与えたいと考えています。
とはいえ、社員のなかには、部署が違うとあまり話したことがないという人もまだまだ多いのが現状です。そのため、週1回違う部署で働く社内複業の制度を設けて連携しやすい環境をつくったり、また社外の兼業・副業を認めたりすることで、社内外のつながりの幅を広げ、機会創出に努めています。
小松巧実(以下、小松):柔軟性のある面白い施策ですね。私たちが貴社オフィスを訪問する際にも「DNPプラザ」の前を通るのですが、多様性が息づく知恵の集積地のように感じています。
誰もが失敗を恐れずに挑戦できる企業風土をつくる
原田:近年は投資家が財務情報だけでなく「人」の観点で企業を評価するトレンドが世界的に拡大しています。今回の中期経営計画を拝見すると、事業の推進と基盤の強化を確実に実践しつつ「オールDNP」で非連続ともいえる変革に挑む点において、人材そのものを資本とみなし、人材の価値を大きく伸ばすという姿勢が明確に表れていると感じます。人的資本経営に対する北島社長のお考えをお聞かせください。
北島:DNPの最大の強みは、社員一人ひとりの存在にほかなりません。22年に制定・公表した人的資本ポリシーでは、「社員を大切にし、大切にした社員によって企業が成長し、その社員が社会をより豊かにしていく」という信念のもと、人的資本の強化施策を展開していますが、なかでも経営者として私が最も注力しているのは、誰もが安心して発言し行動できる心理的安全性の高い組織をつくることです。個人が自律的、主体的に考える職場風土をつくることで、より良い未来の創出に向けて誰もが積極的に挑戦できるようになる。そのため社員との対話を特に重視しています。
佐古都江(以下、佐古):コロナ禍が明けたこともあり、リアルはもちろん、メタバースも活用し、社長からのメッセージを社員が直接聞く機会が本当に増えました。これが、社員の挑戦しよう、挑戦していいんだという意識づけにつながっています。また、D&Iなどの全社員向け研修に社長自ら参加するなど、社員と社長が直接対話する機会も創出されています。とりわけ多様な価値観をもっている若い世代はその場で意見交換をし、経営との距離感が縮まり、エンゲージメントの向上につながっているのではないでしょうか。
佐古都江 大日本印刷 執行役員/情報システム本部長
北島:やり甲斐、働き甲斐という観点では、社内の表彰制度もアップデートを図っています。従来は会社の利益向上に貢献した取り組みが対象でしたが、新たな価値創出につながる取り組みを表彰する「DNPアワード」を20年にスタートさせ、23年には、活力ある職場風土づくり、組織・チーム力強化を実現した取り組みを称える「ヘルスウェルビーイング表彰」を新設しました。こうした表彰制度は、途中経過における挑戦にも光を当てるなど、積極的に挑戦した者が認められやすい風土をつくり、「思い切ってやっていいんだ」ということを多様なアプローチで伝えています。
小松:今の話を聞いて腑に落ちたのですが、経理のコンサルティングの現場では、30代半ばの社員の方が自律的なリーダーシップを発揮されています。これは素晴らしいなと思って、実は見ておりました。
北島:ありがとうございます。まだまだ部署ごとに温度差がありますが、考え方が徐々に浸透していることは実感しています。
原田雄輔 PwCコンサルティング 上席執行役員 パートナー
価値創造を支援するための業務改革とDX推進
小松:価値創造を推進するにあたっては、それを支援するためのDXの役割も重要になってきます。御社のDX戦略、データドリブン経営についての考え方をお聞かせいただけますか。
佐古:DXは、4つの柱「新製品・サービスの創出」「既存の製品・サービスに新たな価値を付加する」「社内システム革新とICT人材育成」「工場のスマート化による生産革新」で推進しています。価値創造の1つの手段として、社員一人ひとりが挑戦するものです。私が担当する情報システム本部では、社内システム革新を中心にDXを進めています。IT・テクノロジーを活用した、社員のデジタル活用能力の拡充やICT基盤の高度化です。その1つがデータ利活用、データ民主化で、可視化・分析のデータマネジメント基盤を提供しました。今年3月時点で6,500名が活用し、データに基づく施策遂行などデータドリブンな文化が醸成されてきています。DNPは印刷を核としたコアテクノロジーによってトップシェアとなる製品を創出し成長していますが、印刷技術は奥深く、その背景には多様な知的財産、ノウハウや暗黙知などの潜在力が社員一人ひとりの強みとして存在しています。データが広く共有されれば、社員の多様なレンズを通すことになり、新たな洞察や新たな機会の発見など、自律的な挑戦を助けに、DNPならではのDXにプラスをもたらすと考えています。
そしてもう1つが、「システムのモダナイズ」です。外部環境の変化や技術の進展が加速する今、システムにおいてもより迅速な変化への対応力が求められています。700余りの基幹システムのクラウドリフトを完了し、これでハード面、インフラにおいては対応力を獲得できました。一方で、ソフト面、アプリケーションにおいては、課題が残ります。そこで、システムモダナイゼーションに取り組むこととしました。これまですべて内製化でシステムを構築してきましたが、非競争領域では統合ERPやSaaSなどの外部サービスを積極的に取り入れ、グローバル標準、AIなどのテクノロジーを効率的、効果的に獲得する方針に転換しました。貴社に支援いただいている経理業務変革プロジェクトもその1つですね。
小松:おっしゃっていただいたとおり、弊社はERP導入を前提とした経理業務変革の支援に参画させていただいています。そのなかで強く感じるのは、DNPはただシステムを入れ替えればよいという目線ではなく、業務に係る方々がそれぞれ主体的にコラボレーションしながら、議論を一から積み上げ、人を育てることも意識したうえでよりよい仕組みづくりにチャレンジしている、という点です。
佐古:そうですね、このプロジェクトでは、経理部門の若手を中心とした体制を構築し、変革を主導しています。経理は黒子のような存在で受け身の姿勢が強かったそうですが、この推進ではリーダを中心に自らが関連部門を巻き込み、これまでの経験値や従来方法にとらわれず、新たな発想でグループ経理部門全体の付加価値向上に挑戦しています。システムのモダナイズを推進する。それを起点に、グループ全体で業務標準化を進める。システムを共通利用することで、異なる価値観をもつ社員同志が部門を超えて、同じ物差し、共通言語で改革に向けての対話を深めることができます。オールDNPの社員をつなぎ、主体的な社員の挑戦とそのDX実現に向けた仕組みづくりを進めていきます。プロジェクトでは、ぜひ人材育成の面でもご支援いただけたらと思っております。
小松:はい、プロジェクトが終了してもDNPの変革は続きます。未来のシナリオを描いて併走し、強みを増幅させるためのDXをご支援させていただきます。
小松巧実 PwCコンサルティング ディレクター
類稀なコミュニケーション能力を生かし、新たな価値創出へ
原田:企業の目指すべき姿についてトップが強くメッセージを発し、それを社員の皆さんが受け止め前へ進もうとする姿に感銘を受けると同時に、非常に力強い改革であると感じました。最後に改めて、北島社長よりこれからのチャレンジについてお聞かせください。
北島:まず、今回の中期経営計画が終了する段階で、当社は創業150周年を迎えます。最初の70年間で出版印刷業、次の70年間で事業領域拡大を実現し、現在は第三の創業ということで新たな価値創出に取り組んでいます。中期経営計画で掲げたROE10%とPBR1.0倍超という数値目標については早期実現を目指していきます。ただし、より重要なのは、第三の創業で体質を変え、私たちが世の中に価値を提供すること、さらには強みを生かすことでより強いポートフォリオをつくることだと考えています。それらを満たせば、事業成長のスピードアップも可能になります。
外部連携を強化するなかで意外な発見もありました。それは、黒子としての長年の受注活動を通じて、DNP社員が卓越したコミュニケーション能力を身に着けてきた、という点です。たとえば三重県では、パートナー企業として、同じ課題をもつ5町を連携させた仮想自治体「美村(びそん)」をフィールドとして地域DXにより住民の暮らしや医療の課題解決、新たな産業の創出などに取り組んでいます。また、25年大阪・関西万博では「未来社会の実験場」という趣旨に賛同し、シグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」のゴールドパートナーとして参画。創造性を育む学びという価値創出にチャレンジしています。いずれもさまざまなステークホルダーと向き合ってまとめあげる高度なコミュニケーション能力が必要になるのですが、DNPの社員であれば楽しみながら推進していけるという自負があります。
私の役目は、このような社員の長所をさらに伸ばしつつ、次の70年に向けて社員一人ひとりが絶え間なく挑戦し続ける環境を整えることにあると思っています。
原田:未来を見据えて展開されているこれらの取り組みによって、DNPの潜在的な強みが発芽し、開花してくるというワクワク感を今感じています。人と社会がより良く在るための「未来のあたりまえ」をつくるために、私たちもより一層気を引き締めて共創させていただきます。本日はありがとうございました。
北島 義斉(きたじま・よしなり)
大日本印刷 代表取締役社長。1987年に富士銀行(現みずほ銀行)に入行、95年に大日本印刷に入社。2001年に取締役、03年に常務取締役、05年に専務取締役、09年に代表取締役副社長を経て、18年から現職。
佐古 都江(さこ・みつえ)
大日本印刷 執行役員/情報システム本部長。1990年大日本札幌アイ・エス・ディーに入社。2012年DNP情報システムの執行役員 兼 IPSシステム開発本部長、20年に大日本印刷の情報イノベーション事業部 副本部長、21年にインテリジェント ウェイブの取締役 兼 執行役を経て、現在に至る。
原田 雄輔(はらだ・ゆうすけ)
PwCコンサルティング合同会社 上席執行役員 パートナー。約20年にわたりエンタテイメント企業やメディア企業、ハイテク製造業など幅広い業種のクライアントに対し、全社規模の業務改革における構想策定からシステム導入、改革実現による効果創出までさまざまな支援を提供。
小松 巧実(こまつ・こうじ)
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター。2017年にPwCコンサルティング合同会社入社。約15年にわたりコンサルティング業務に従事し、現在の担当領域はメディア、エンタテイメント業界。これまで広告、通信、ハイテク、飲料、金融、医療機器、官公庁など幅広い業種での案件に従事。
Promoted by PwCコンサルティング合同会社text by Sei Igarashiphotographs by Masahiro Mikiedited by Akio Takashiro
PwC コンサルティングはプロフェッショナルサービスファームとして、日本の未来を担いグローバルに活躍する企業と強固な信頼関係のもとで併走し、そのビジョンを共に描いている。本連載では、同社のプロフェッショナルが、未来創造に向けたイノベーションを進める企業のキーマンと対談し、それぞれの使命と存在意義について、そして望むべき未来とビジョンついて語り合う。