「非営利スタートアップと言われればそうですね」
そう語るのは、特定非営利活動法人「みんなのコード」代表理事 兼 エンジニアの利根川裕太だ。米Googleや米Salesforceなど、海外大手テック企業もパートナーとして名を連ねる同団体は、子どもたちに平等な情報教育の機会を与えようと、「誰もがテクノロジーを創造的に楽しむ国にする」というビジョンを掲げている。家庭間、地域間、学校間に存在する3つの情報教育格差をなくそうと、学校教育と社会教育という大きくふたつのアプローチで取り組んでいる。
学校教育では、教員への研修、教材や授業カリキュラムの開発を通じて子どもの学習環境の向上を目指しており、2023年度には小中高合わせて1000人の教員に研修を実施。また、オリジナルのプログラミング教材「プログル」は、17年のリリース以降、ユーザー数が300万人を超えた。さらに生成AIをはじめとした次世代の情報教育を見据え、政策提言にも力を入れている。
もう一方の社会教育では、自治体や企業と連携して、石川県加賀市、金沢市、高知県須崎市に最新のデジタル機器やソフトウェアに触れられる拠点「子どもの居場所」を開設。子どもたちはメンターのサポートのもと、無料で最先端テクノロジーに触れることができる環境をつくっている。
利根川はプログラミングをゼロから学び、11年、ネット印刷サービスなどのラクスルの立ち上げに参画。共同創業者として技術責任者を務めた。みんなのコードの設立は、利根川が社内向けにプログラミング講座を開催したことがきっかけだ。社員の子どもたちを対象にワークショップを実施したところ、反響が良かった。それが原点となり、みんなのコードを15年に立ち上げた。
事業を進めていくにあたり、利根川は積極的にラクスルで培ってきたスタートアップの方法論を非営利団体の経営にもち込んだ。プログラミング教育必修化が決定した設立翌年に教員向けにピボットしたことや、23年に生成AIの初等中等教育でのガイドライン策定に向けた提言、生成AIに関する教材開発を行ったのもその一例であろう。
「コツコツ積み重ねるという発想ではなく、課題解決に向けた『仕組み化』など俯瞰して、かつ、未来を見据えながら、マクロに状況をとらえてきた。その考え方は、スタートアップ的だと思います」
現在は、ITベンチャー企業の上場経験があるCOOやGAFAM出身のCTOなど、多彩なキャリアをもつメンバーが集い、開発部門、渉外部門、バックオフィス部門が設置されるなど、組織もスタートアップのように構成されている。
非営利の世界で挑戦を始めて、約10年。株式上場やM&Aなど、一定の成功を経験したスタートアップ起業家に対して、「次に何かを始めるときには、非営利活動という選択肢も考えてみてほしい」と利根川は話す。「これまでを振り返ると、ソーシャル、スタートアップ、エンタープライズ、ガバメントなどセクターをまたいだノウハウの移転により社会的インパクトを生み出すことができた。今後、異なる領域へのキャリアや事業の越境がさまざまな領域で活発になることを期待しています」
利根川裕太◎特定非営利活動法人みんなのコード代表理事 兼 エンジニア。2009年ラクスル立ち上げから参画し、プログラミングを学び始める。15年に一般社団法人みんなのコードを設立(17年よりNPO法人化)し、情報教育の普及に尽力。複数の政府委員会で委員を務めてきた。