社会課題を解決する新たな主体として、さまざまな分野で注目を集めているインパクトスタートアップやゼブラ企業。しかし一方では、新しい事業を立ち上げようとしても、思うように支持を得られず、資金やリソースが十分でないなどの課題に、起業家、支援者の双方がどう向き合っていくかが問われている。
そこで、今回の記事では、インパクトスタートアップとして大きな飛躍を遂げたヘラルボニーの共同代表である松田文登と、起業家をさまざまな角度からサポートするZebras and Company(ゼブラアンドカンパニー)代表の田淵良敬に話を聞き、起業家と支援者、双方の視点から、インパクトスタートアップのあるべき姿に迫る。
なぜ今、インパクトスタートアップが注目されるのか
「社会課題の解決」と「持続可能な成長」を両立し、ポジティブな影響を社会に与える、インパクトスタートアップが注目を集めている。自閉症や知的障害の人たちを「異彩作家」と定義し、彼らのアートをプロダクトとして発信しているヘラルボニーはまさに、インパクトスタートアップの代表的な存在といえるだろう。
なぜ、今、こうした形の企業に注目が集まっているのか。「前提として、社会課題の解決は、人々、あるいは社会の中に潜在的に刷り込まれている価値観なのではないでしょうか」と松田は語る。
「先日、政治学者エリカ・チェノウェス著の『市民的抵抗』という本を読んで、『人口の3.5%の市民が非暴力で立ち上がれば、社会が変わる』という内容に感銘を受けました。長い革命運動の歴史の中では、暴力に訴えるよりも非暴力で行なわれる方が成功率は高くなるというんです。
これを起業に置き換えれば、株式会社は社会を変える運動体の一つと捉えることができます。そして、インパクトスタートアップは、非暴力によって革命を目指す人たちと同様に人々の潜在的な価値観に訴えかけながら、持続可能かつ普遍的な新しい社会のあり方を提示することによって、注目を集めているのではないかと感じています」(松田)
もちろん、インパクトスタートアップが注目される背景には、さまざまな社会情勢の変化がある。「金融危機や環境破壊をはじめとする“行き過ぎた資本主義”のひずみが表れ、従来のやり方を見直す人々が増えてきた」と語るのは、田淵だ。
「技術の発展や人々のライフスタイルの変化など、あらゆる物事のスピードが加速度的に上がっています。それに対して、『社会課題は公が解決し、ビジネスは売上や利益を追求する』という従来の価値観では対応できなくなりつつある。
かつては両者のすみ分けは明確でしたが、今ではその境界がギザギザと入り組んでいて、はざまができているんです。そのはざまを埋める存在として、社会課題解決型の事業や企業が注目されているのではないでしょうか」(田淵)
ビジネスだからこそ、スケールもスピードもアップする
田淵の言う「ギザギザのはざまを埋める」存在としては、NPOや慈善団体も考えられなくはない。それをスタートアップが担う意義はどこにあるのだろうか。
「より多くの人に広められるという点は、ビジネスの得意とするところです。
例えば、ヘラルボニーが携わる領域を例に考えてみましょう。事業としては単独では成り立ちにくいNPOや福祉という形式では、それこそ、障害のある方やその関係者、あるいは寄付をした人などの関係者に限られた世界になってしまいがちです。
一方、ビジネスとして展開すれば、その商品やサービスを通じて、消費者をはじめとする人々にその世界を広く知ってもらえます。関係者以外の人たちとのタッチポイントを増やすことができるんです。結果として、社会課題解決に対するアプローチがスケールアップし、人々の意識変容を促すことにもつながります。
それから、そのスピード感もビジネスならではの特長の一つです。良くも悪くも、行政はそのスケールを踏まえると、変化に時間がかかることが見込まれます。その点、スタートアップはフットワークの軽さを生かし、先ほど話したはざまを埋めていきやすいのではないかと思います」(田淵)
従来はNPOや慈善団体が担っていた領域にビジネスで進出し、実際に社会の意識変容を起こしつつあるヘラルボニーは、まさにその好例だ。重度知的障害を伴う自閉症の兄を持つ松田は、それこそが自分たちの目指していたことだと、言葉に力を込める。
「創業当時、web上で『障害者』、『アート』という言葉を検索すると、ヒットするのは『支援』や『貢献』という文脈に乗ったものばかりでした。CSRやSDGs、そうしたものに紐付いていないと使われないという価値観そのものが、上からの目線に感じられてしまうというか。
そこで株式会社という形態で営利として、『むしろ、われわれが障害のある人たちのおかげで利益を上げられているのだ』と提示することで、社会の認識を揺らがせることができるのではないかと考えました。
それに、同じ社会課題解決を目指すにしても、『ビジネスにした方がワクワクしながら取り組めるぞ』と、私も双子の弟の崇弥もシンプルに思ったんです」(松田)
ヘラルボニーを強く、大きく変えた投資家との出会い
一口にインパクトスタートアップといっても、その事業内容、ビジネスモデルなどは実に多岐にわたる。また、その中で成功するものはごくわずかだ。今でこそ、インパクトスタートアップの象徴的な例とされるヘラルボニーも、創業当初から順風満帆だったわけではない。
「創業当初は、そもそもビジネスとして成立するということをまったく信じてもらえませんでした。融資もなかなか受けられず、300万円の貯金が目減りしていく日々。最初の2年間はすべて銀行借入のデットファイナンスでまかなっていました。
当時は周囲にも新しく事業を始めた仲間が大勢いたのですが、シードラウンドまでは進めても、そこから先に行けず、プロジェクトがつぶれていくさまも数多く目にしました」(松田)
そうしたなかで転機となったのが、双子の兄弟そろってのアクセラレーションプログラムへの参加だった。「このときはまだ事業計画書が何なのかもわかっていなかった」と松田は当時を振り返る。
「実は、最初は投資家の人たちを警戒していたんです。何か、だまされるんじゃないかとか(笑)。もちろんそんなことはなくて、ベンチャーキャピタルや民間企業のCVCなどに所属するメンターの方々を相手に、さまざまな疑問をぶつけ、鍛えていただいたのです。
それまで資金調達や経営戦略についても真剣に考えたことがなく、何も知識がない分、本当に乾いたスポンジが水を吸収するように、教えていただいたことをどんどん自分のものとすることができました。この経験を通じて、投資家の皆さんは一緒になって社会を変えていく仲間なんだと実感しました。投資家との出会いが、ヘラルボニーを強く、大きく変えてくれたのです」(松田)
もちろん、アクセラレーションプログラムでは、数字ばかりを追いかけていたわけではない。当時、投資家の一人として、松田を支援する立場にあった田淵は、ヘラルボニーが目指す世界観がどんなものなのか、それを事業としてどう展開していくかという議論に多くの時間を費やしたことを覚えている。
「事業は、外部からの機会によって形成されつつ、自分たちの描く世界観にその事業を通じて到達できるようにすることが重要です。ただ、外部からの機会というのはたくさんある中で、これがなかなか難しい。話しているうちに、『あれもやりたい』『これもやりたい』と、世界観がぶれそうになることがあります。松田さんとは、ロジックモデルというツールを使って、その辺りをかなり入念に整理しました」(田淵)
「インパクトスタートアップを成功させるための前提として、投資家の皆さんと到達地点を共有することがとても重要になります。今も、ヘラルボニーと投資家の皆さんが非常に良好な関係を保てているのは、『こういう世界が見たいよね』という共感と共鳴があるからだと思うんです」(松田)
起業家と投資家がビジョンを共有することの重要性を訴えるのは、田淵も同様だ。
「インパクトスタートアップについて、多額の資金を投資して事業が成長すれば、社会的インパクトも与えられ、世の中うまくいくと考えていた人も多いでしょう。しかし、そう簡単にうまくはいかない。
なぜなら、インパクトスタートアップといってもそれぞれ多様性があるわけで、むしろ一般的なファイナンスの考え方に当てはまらない企業の方が圧倒的に多いんです。それにもかかわらず、支援者側が、すぐに結果を出すことを求めてしまう。起業家と投資家との間に、大きなギャップがありました」(田淵)
田淵が代表を務めるゼブラアンドカンパニーは、こうした問題意識に端を発して誕生した。ユニコーンが突出した特別な企業なら、ゼブラは群れをつくって、相利共生を目指す企業。
“ゼブラ企業”の創出・成長のためには、ステークホルダーの理解と、さらには両者の共創が不可欠だ。昨年には、国が策定した『骨太の方針2023』にゼブラ企業の推進が盛り込まれるなど、「官」もこうした動きを後押ししている。
「ゼブラアンドカンパニーでは、『優しく健やかで楽しい社会を作る』というビジョンの下、『ゼブラ企業』という概念の認知拡⼤のためのムーブメントやコミュニティづくり、ゼブラ経営を社会実装するための投資や経営⽀援、ゼブラ経営の理論化など、総合的なアプローチを行なっています」(田淵)
「投資だけでは限界がある」と語る田淵。起業家だけでなく、それを支援する側の意識も着実に変わりつつある。
「TOKYO Co-cial IMPACT」がモメンタムを生み出す
東京都では、2024年度、社会課題解決を通じた「持続可能性(社会的インパクト)」と「成長(経済的リターン)」の両立を目指す企業=インパクトスタートアップやゼブラ企業などの創出と成長を支援する事業「TOKYO Co-cial IMPACT」を実施する。
松田は、自身がこれまで目指してきたもの、それが「TOKYO Co-cial IMPACT」でも生まれる可能性があると考えている。
「例えば、同じブランドものの洋服を着ている人が身近にいると、ちょっと気まずいですよね。でも、ヘラルボニーのプロダクトを身に着けた人に出会ったら、そこで会話が生まれたり、仲間意識を持ったり、共鳴する感覚があると、皆さんが言ってくれます。
ヘラルボニーに携わることが『かっこいい』と感じる共通の価値観が、モメンタムを生み出していると。それこそが、まさにわれわれが目指してきたことです。
同じように、『TOKYO Co-cial IMPACT』に参加する、その行動自体が共感や共鳴を生んで、モメンタムにつながる可能性を秘めています。そうした点からも、『TOKYO Co-cial IMPACT』には注目していきたいですね」(松田)
「松田さんの言われたモメンタムづくりを私たちも非常に重視しています。ゼブラアンドカンパニーでは、ムーブメントをつくり、社会実装するという言葉で表現しているんです。また、共感や共創はゼブラ企業をゼブラ企業たらしめている要素であり、やはり松田さんのお話に通じます。
ヘラルボニーの創業当初にわれわれが松田さんたちを支援しましたが、私がゼブラアンドカンパニーを仲間と立ち上げるときには松田さんご兄弟に温かい言葉をかけていただきました。松田さんと私との関係性も、共感、共鳴し合う仲間みたいなものなのかなと。
『TOKYO Co-cial IMPACT』をきっかけに、われわれのような関係性を多くの方とつくっていただくことで、参加者の皆さんもモメンタムを生み出すことができるのではないでしょうか」(田淵)
インパクトスタートアップと支援者が共に手を携えて、社会にモメンタムを生み出していく。「TOKYO Co-cial IMPACT」に参加すれば、その実現に向けて大きな一歩を踏み出せそうだ。
ヘラルボニーは取材終了後、2024年5月21日(火)に開催されたペガサス・テック・ベンチャーズが主催する世界最大級のグローバルピッチコンテスト・カンファレンス「スタートアップワールドカップ2024 京都予選」にて優勝、Viva Technology 2024にて発表された「LVMHイノベーションアワード2024」の「社員体験/ダイバーシティ&インクルージョン部門賞」を受賞した。
TOKYO Co-cial IMPACT
https://tokyo-co-cial-impact.metro.tokyo.lg.jp
東京都が主催する、インパクトスタートアップの創出と成長を支援する事業。
7~9月に実施される「エントリープログラム」では、行政・支援機関や起業希望者、スタートアップに向けて、座学とワークショップを組み合わせた専門的なプログラムをリアル開催とオンライン配信を併用して、ハイブリッドで提供。さらに、社会課題解決に特化して支援する「スタジオプログラム」を提供し、事例創出を目指していく。「エントリープログラム」は都内に限らず全国から応募受付中。申込締切は6月24日まで。
松田 文登(まつだ・ふみと)◎ヘラルボニー代表取締役/ Co-CEO。1991年、岩手県生まれ。東北学院大学卒。株式会社タカヤで被災地の再建に従事後、双子の崇弥と共に株式会社へラルボニーを設立。4歳上の兄・翔太氏が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に、福祉領域のアップデートに挑む。営業統括。2019年に世界を変える30歳未満の30人「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」受賞。
田淵 良敬(たぶち・よしたか)◎Zebras and Company共同創業者/代表取締役。同志社大学卒。IESE Business SchoolでMBA取得。約10年前から国内外でのインパクト投資に従事。その経験から投資実行と共に、投資後のビジョン・ミッションや戦略策定と、実行するための仕組みづくりや組織作り・リーダー育成およびインパクト指標を使った経営判断の支援を行う。グローバルな経験・産学ネットワークから世界的な潮流目線での事業のコンセプト化、経営支援、海外パートナー組成を得意とする。Tokyo Zebras Unite 共同創設者/代表理事。Cartier Women’s Initiative東アジアコミュニティ・リード。