同じことが人間と野生動物との交流にも言える。自然の生息地でチンパンジーに遭遇した場合を考えてみよう。チンパンジーは突然、大きな声で威嚇し始め、攻撃的な身ぶりを見せる。声や身ぶりから、こうした信号が敵対的なものだということは分かる。ところが、それが恐怖心によるものなのか、縄張りに対する警告なのか、質問なのか、それとも直接的な威嚇なのか、チンパンジーが何を表現しようとしているのか、細かい点までは分からない。ここで、人間同士の対立を和らげようとするのと同じように、状況を打開するために相手と「話し合う」手段があるとしたら?
機械学習の進歩によって、こうしたことが現実になろうとしている。現在では、動物の鳴き声や行動に関する膨大なデータセットを分類し、動物の言葉の初期的な辞書を作成する方法がある。動物が何を言っているのかを読み解いた2件の事例を紹介しよう。
1. 体系化されつつあるマッコウクジラの言語
高度に社会的な動物であるマッコウクジラは、人間がモールス信号を使うのと同じように、「コーダ」と呼ばれるクリック音を使って互いに意思の疎通を図る。この音は、クジラが鼻腔から空気を噴出する時に発生する。これまでに個々のコーダとそれを発したマッコウクジラを正確に結び付けることには成功しているが、その言語体系は現在もまだほとんど解明されていない。科学誌ネイチャーコミュニケーションズに掲載された最近の研究では、クリック音の意味を解明するべく、人工知能(AI)を用いて9000近いコーダを調査した。
この研究で発見されたコーダの新たな特徴は、「ルバート」や「装飾音」と名付けられたもので、会話の文脈によって変化し、クジラの間で一貫して使用され、模倣される。今回の研究では、ルバートや装飾音と定常的な特徴であるリズムやテンポを組み合わせたシステムによって、さまざまなコーダが作り出されていることを発見した。
研究者らは、AIを駆使してコーダの特徴を分析することで、人間の言語の国際音声記号に似た「マッコウクジラの音声記号」を提案した。マッコウクジラの音声記号は、小さな変化の軸(人間の場合は調音場所、調音方法、声調であるのに対し、マッコウクジラの場合はリズム、テンポ、装飾音、ルバート)が、観察される多様な音素(人間の場合)やコーダ(マッコウクジラの場合)をどのように生み出すかを示している。