一枚は黄色い生地に英語で書かれた「On Weaving」。もう一枚は青い生地に漢字で書かれた 「機織り中」。イタリアのテキスタイルメーカー「C&C ミラノ」のショールームで開催された展示イベントの目印です。同社の生地と京都の丹後地方の生地の出逢いをテーマとしたのです。
昨年2月、丹後地方を初めて訪ね、ミラノ工科大学でデザインを教えるアレッサンドロ・ビアモンティと滞在して思ったことは「丹後で考えた『中庸の究極』と英ジェントルマン文化の共通点」で書きました。撚り糸を活用した絹を中心とした白生地織物「丹後ちりめん」の産地として名がしられていながら産業としては元気がないため、ネガティブな声ばかりが聴こえてくる。しかしながら、実際に足を運んでみると、そこには新しい時代のモデルがあると思いました。
工房で孤独に手作業をしているわけではない。機械を使っているが人の尊厳が失われるような作業ではない。両極から適度な距離をとった「質的な中庸」とはどういうものなのか? を考えさせてくれたわけです。丹後の地域再生は京都府の地元の人たちのプロジェクトですが、ミラノでの丹後の「援護射撃」もここからはじまりました。
続く7月、イタリアの繊維会社の社長とミラノ工科大学のファッションを教える先生に1週間ほど滞在してもらいました。「文化における『開閉のバランス』 MIZENとブルネロ クチネリの場合」で書きましたが、社長は「丹後は素晴らしい土地だ。風景も食も言うことない。将来、新しいタイプのラグジュアリーに基づいたツーリズムのメッカになる潜在力を十分にもっている」と評する一方、次のように指摘しました。
「生産できる生地が着物用の幅である40センチ弱しかないのは大きな問題だが、洋服やインテリア用途にあう生地をつくる機械に投資しづらいという事情が分からなくはない。仮に日本の外でも市場を求めようとするなら、最大の課題は機械そのものもさることながら、生産性と国際的なビジネスをするメンタリティではないか?」
秋には彼のスタッフであるデザイナーや大学の研究者も滞在してもらいました。
その彼がトップをつとめるのがC&Cミラノです。インテリア向けのテキスタイルを扱い、ミラノ以外にもニューヨーク、ロンドン、ミュンヘン、パリにもショールームを構えています。
ミラノのショールームの上に同社が自由に使える空間をもっているため、短期間では解決し得ない点は課題として残しながらも、まず、イタリアの生地と丹後の生地が文化的に繋がり得ることを多くの人に見てもらおうと一歩前に足を踏み出しました。中庭を起点として長い生地が2階の窓に達しているインスタレーションは、ミラノと丹後が物理的に1万キロ離れていたとしても繊維を生み出す大地は繋がっていることを暗示しています。