彼女が副業として立ち上げたこのカクテルは、今では全米の数千店舗のコンビニやスーパーマーケットの棚に並んでおり、数十億ドル規模の業界で最大のブランドの一つへと成長した。
「私の人生は、まさにアメリカンドリームです。女性が決して踏み込まなかった分野で成功を収めたのです」と、現在61歳のバズボールズの創業者でCEOのキックは語る。会社の立ち上げから約14年で、彼女はこのブランドをアルコール業界の大手に育て上げた。バズボールズは現在、米国に加えて日本や韓国、台湾を含む29カ国で販売されており、年間売上高は約5億ドル(約780億円)と推定できる。
ルイジアナ州の大手酒類メーカーSazerac(サゼラック)は先日、推定5億ドル(約780億円)以上のキャッシュでバズボールズを買収した。フォーブスは、保守的な見積もりとしてキックが受け取った金額が、税引き後で4億ドル(約623億円)と試算しており、キックはフォーブスの『米国のセルフメイド女性長者番付』の84位に入っている。
バズボールズのサゼラックへの事業売却は、女性創業者がほとんどいない業界ではまれな快挙と言える。「この業界は、一部の老舗ブランドに資金が集中する傾向があり、事業をゼロから立ち上げて成功する人はごくわずかです」と、2023年に別の大手に会社を売却した缶ワインブランドのBevを創業したアリックス・ピーボディは述べている。
「特に、外部からの資金調達を行っていない人が、これほどの規模に会社を成長させて売却したケースは、ほとんど前例がありません」
創業2年目で黒字となったバズボールズは、気軽に飲めるアルコール飲料を求めるヤングアダルトの間で大人気となった。全米の小売販売を追跡するSpinsによると、あらかじめ調合されたカクテル飲料はスピリッツ業界で最も競争の激しい分野のひとつだが、前年比30%の成長を遂げている。InsightAce Analytic によると、このカテゴリの売上高は2030年までに50億ドル(約7787億円)に届く見通しという。
プールサイドでのひらめきから起業
キックの父親はモンタナ州で製材業を営んでいたが、最終的に会社を倒産させた。彼女はその父を見ながら育ったことが自身の成功につながったと考えている。子供の頃に彼女は「何もないところから何かを作り出す」ことを常に求められ、決して諦めないことを学んだという。キックが起業を思い立ったのは、まだ教師だった2009年のことだ。当時46歳だった彼女は、プールサイドでテストの採点をしているときに、バズボールズのアイデアを思いついた。「ビーチやプールで気軽に飲める、カラフルなプラスチック製の容器に入った、度数の高いカクテルがあればいいのに。そう思ったんです」
その当時、夫と離婚を考えてた彼女は、経済的な自立を望んでいたという。しかし、貯金もなく、頼れる人も居なかった彼女は、祖父から相続した2万8000ドル(約430万円)の遺産に加えて、クレジットカードを限度額いっぱいまで使って資金を用意した。
その後、プラスチック製の容器の製造を中国の業者に委託して、2010年に会社を立ち上げた。自らを発明家と称する彼女は、当初から「人々が覚えてくれるような、その商品らしい名前」を付けたいと考えていたと、当時を振り返る。そして生まれたのがバズボールズという名前と、このカクテルの楽しさとコストパフォーマンスの高さを強調したスローガンの「Buy it by the ball(ボール単位で買おう)」だった。
彼女はその後、すべての大手銀行に融資を断られた後に地元のコミュニティ銀行から約18万ドル(約2800万円)を借り入れて、家を担保にして追加で6万9000ドル(約1000万円)を借り入れた。その資金でキックは倉庫を貸りて、時給13ドルで従業員を雇い、自身が教師の仕事をしている間の作業を委託した。「私はとにかく必死でした。見つけられる限りのあらゆる資金を事業に注ぎ込みました」と彼女は当時を振り返る。