ビジネス

2015.07.30

なぜ、一流の経営者は「多重人格」なのか

Jakub Jirsak / Bigstock


永年、様々な企業の経営トップの参謀を務めてきたが、多くの優れた経営者を見て、いつも心に浮かぶのは、この疑問である。

例えば、朝の経営会議では、経営幹部に対して収益目標の達成を迫る「辣腕のリーダー」の姿を見せるが、昼の若手社員との懇談会では「物分かりの良い親爺」の姿を示す。全社員が集まる社内イベントでは、会社のビジョンを熱く語る情熱家を演じるが、顧客へのトップセールスでは、気配り溢れる営業プロフェッショナルになり切る。商機を前にしては、したたかな戦略家の顔が現れるが、親交を深めた相手には、人情味あふれる温かい顔を見せる。

若き日に薫陶を受けた経営者は、そうした幾つもの顔を持ち、場面と状況に応じて見事に使い分ける、まさに「多重人格」と呼ぶべき人物であった。

そして、これほど鮮やかではなくとも、世の中の優れた経営者や経営幹部、マネジャーを見ていると、誰もが、自分の中に複数の人格を持ち、それを見事に切り替え、使い分ける「多重人格のマネジメント」を、無意識に行っている。

では、なぜ、優れた経営者は「多重人格のマネジメント」を身につけているのか?

いうまでもなく、経営とは「ジェネラル・マネジメント」、すなわち、様々な能力が求められる仕事だからである。冒頭に述べた例でも、経営会議で数字を詰める能力、若手社員の心を掴む能力、ビジョンを魅力的に語る能力、トップセールスの能力、戦略を実行する能力、さらには、人を惹きつける人間力と、様々な能力が、経営者には求められる。そして、一流の経営者は、多少不得意な能力はあっても、こうした様々な能力を、それなりに、バランス良く身につけている。

では、なぜ、そうした「多様な能力」を身につけるために、「多重人格のマネジメント」が求められるのか?
実は、「能力」の本質は、「人格」だからである。

世の中では、しばしば、「彼は、性格的に、この仕事に向いていない」という表現をするが、この言葉は、裏返して言えば、「仕事の能力」を身につけたければ、その仕事にふさわしい「性格=人格」を、自分の中に育てることが必要であることを意味している。営業で修業をしている若手社員に対して、「君も営業マンらしくなってきたな」という言葉をかけるのも、彼の中に「営業人格」とでも呼ぶべきものが育ってきたことを意味している。

従って、経営者に求められるものが「多様な能力」であるならば、当然のことながら、経営者は、自分の中に「多様な人格」を育てていかなければならない。冒頭の例で言えば、「辣腕リーダー」「物分かりの良い親爺」「情熱家」「営業プロフェッショナル」「戦略家」「人情家」といった人格である。

その「多様な人格」を自分の中に育てる技法については、近著、『人は、誰もが「多重人格」 - 誰も語らなかった「才能開花の技法」』(光文社新書)において、「言語的技法」「深層意識的技法」「私淑的技法」「演技的技法」「想像的技法」など、いくつもの技法を述べたが、現代において、自分の中から「隠れた人格」を発見し、育て、活用する心理的技法は、すでに十分に成熟し、目の前に存在している。いま、我々に問われるのは、そうした心理的技法を活用して、新たな自己発見と能力開発に取り組むか否かであろう。

20世紀において、一流の経営者は、無意識に、「多様な人格」を自分の中に育て、その人格のマネジメントを行ってきた。しかし、21世紀においては、一流の経営者は、その「多重人格のマネジメント」を、新たな心理的技法を用い、自覚的・意識的に行うようになっていくだろう。

文 = 田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN No.13 2015年8月号(2015/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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