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2015.07.29 12:10

バター不足は「強い農業」への警告である [数字で読み解く日本経済 vol.1]

sherpanet / Bigstock

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「10,000t」
なぜ、バターは店頭からなくなるのだろうか―。
バター1万トンの追加輸入から見えてくる日本経済の課題とは。


農林水産省は27日、品薄への懸念が出ているバターを10月末までに1万トン追加輸入すると正式発表した」(「日本経済新聞」、2015年5月28日)

バター不足はいまに始まったことではない。昨年のクリスマスシーズン、08年も同様に起きた。モノがあふれている日本経済で、なぜバターだけが不足するのか。足りなければ、商社でもスーパーでも輸入すればよいではないか―、と読者は思うだろう。

ところが、バターは「国家管理貿易品」で、民間人が勝手に輸入できないのだ。独立行政法人・農畜産業振興機構が事実上、バターの輸入を独占している。1万トンの追加輸入についても、同機構による「海外の安いバターを機構に売り渡す入札」「高い国内価格で機構から購入する入札」が行われる。

通常、関税化された品目、例えば牛肉では、輸入業者が税関で関税を納めて輸入する。しかし、バターなど「国家管理貿易品」は輸入申請・許可が必要になる。海外での買い付け業者と国内販売する乳業メーカーが、すでに売買で合意をしても、両社で機構に申請書を届け出て、内外価格差を機構に収めなければならない。書類処理だけで、差額は機構の収入となる。

「計画経済」がもたらした弊害

バターは牛乳、チーズとともに、牛から搾られたばかりの「生乳」が原材料である。生産する酪農農家は、できるだけ有利な価格で乳業メーカーに売り渡すために長期契約を結び、生産量を上げ品質向上に努めるはずだ、と読者は予想するだろう。

しかし、それは間違いである。生乳は現在、数量・価格ともに、がんじがらめに規制されている。バター不足に陥った輸入管理の理由も、民間がバターの輸入を行うと、生乳の「数量計画」が壊れてしまうからだ。

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生乳の生産量は毎月、「指定生乳生産者団体制度」にもとづき、地域(全国10地域)ごとに、牛乳やチーズなどの用途別に、事実上の生産数量上限が決められている(表)。

酪農農家は原則、生乳全量を指定団体である農協の地域連合に売ることが義務づけられている。しかも、同団体は乳業メーカーと交渉したうえで、おなじ生乳を、飲用乳、脱脂粉乳・バター用、チーズ用など用途別に異なる価格で売り渡す。

この指定生乳生産者団体制度は、大規模化が進んで生産コストの低い北海道の生産量を抑制し、他地域の生乳生産を維持させるという役割を担っている。そもそも生産性向上や規模の拡大(つまり北海道酪農業の発展)を阻止するのが、農水省主導の「計画経済」なのである(図)。

同団体は、「生乳の買い付け」「乳業メーカーへの売り渡し」の両面で独占的地位を有し、各酪農農家から集荷した生乳をプールして売り渡すため、農家に創意工夫のインセンティブはない。品質を工夫しても、酪農製品でブランド力を発揮できないのである。

このような数量調節を主体として、厳しい輸入制限を課すことで、日本の酪農農家を“保護”してきたつもりが、実は弱体化させてきたのである。そして、バター不足は皮肉なことに、その数量計画すらも失敗していることを証左している。



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牛肉の失敗を繰り返さないために

では、バター不足を起こさずに、高品質の酪農製品をつくるためには、どうすればいいのか。

それは、「指定団体制度の段階的廃止」により、生乳の流通に競争を持ち込むことだ。農水省は、過去にあった乳業メーカーによる生乳の買い取り拒否を現行制度の根拠としている。しかし、これは何十年も前の話であり、いまやIT(情報技術)を活用した生産管理や長期契約制度の導入、十分な競争環境の確保で、問題を防ぐことができるだろう。

オーストラリアやニュージーランドでは、酪農業の規制緩和と競争力強化が行われてきた。オーストラリアは、高い輸送費をかけて航空タンカーで牛乳を中国に空輸し、地元産の4~5倍の価格で販売している。ニュージーランドの乳業メーカーの「フォンテラ」は世界へと販路を広げている。こうした世界の動きに対抗するためには、日本も輸出努力とブランド化が必要である。しかし、いかんせん農協や農水省には、そのノウハウもなく、そのような意識も低い。

日本の酪農業界に競争を導入し、消費者に安定的な供給を続けるには、海外からの輸入の自由化も必要だ。国家貿易の仕組みを廃止し、誰でも輸入できる一般関税方式へ移行すればバター不足はおきない。バターは輸入品に頼ってでも、消費者に提供し、国産品は品質の高い飲用乳やチーズなどで差別化し、酪農業の活性化を図ることが重要だ。バターでも品質などに工夫を加えれば、高価な国産品も共存できる。

牛肉の教訓もある。牛肉の関税は1980年代の「牛肉・オレンジ戦争」を経て91年に輸入数量の割り当てを自由化(関税化)。関税率は当初の70%から38.5%に引き下げられた。牛肉関税化に反対する人たちは「日本の畜産農家が壊滅的打撃を受ける」と主張したが、実際に起きたことは、競争により牛肉の産地、部位、品質の差別化が進み、価格も多様化した。安い部位の肉は輸入され、高級肉である国産のブランド牛肉は輸出に向かおうとしている。

一方、オーストラリア産「和牛(Wagyu)」が世界に輸出されている。和牛精子の保護の失敗と、世界的な商標登録の失敗である。農政がいかにグローバル化を見通せなかったかの証拠である。酪農で同じ失敗を繰り返してほしくない。

アベノミクスの「強い農業」の実現には、国家による数量管理の仕組みを廃止し、流通に競争を導入し、ブランド化と輸出を促進することがカギとなる。酪農業を、社会主義計画経済から、競争による質の向上を基本とする「産業」にすることが大切だ。「強い農業」の実現のための具体策の実行を政府にはお願いしたい。



伊藤隆敏 = 文

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