「優秀なのに世界的な企業で働けていない人たちを目の当たりにし、問題を解決しなければと思った」。
優れた人材を、国境を越えて活用する企業に労務管理SaaSを提供する「Deel(ディール)」のブアジズ最高経営責任者(CEO)は2022年、フォーブス ジャパンの取材にそう語った。コロナ禍で国境を超えたリモート就業が急増するなか急成長した同社は今、競合他社との競争や規制当局の厳しい視線といった新たな課題に直面している。既存の秩序を壊す“ディスラプター(破壊者)”といわれたウーバーやエアビーアンドビーのように、ディールは危機を乗り越えられるだろうか。
昨年9月のある日、ワシントンD.C.にある米連邦議事堂近くをグレーのセダンが走っていた。車内では、ディールのフランス人CEOアレクス・ブアジズ(30)がスタッフに質問を投げかけていた。
「議員たちと会う前に、この国の政治について知っておかなきゃってことをひとつ挙げるとしたら何だろう。ばかだと思われるのは嫌だからさ」
彼が19年にサンフランシスコで立ち上げたディールは、ベンチャーキャピタルから調達した約6億7500万ドルを派手に使って、100以上の国で企業が法務と人事業務を行えるよう支援している。創業以来、挑んできたのは国際的な労働法の順守という難解な領域だ。初期のウーバーが競合と激しく市場を奪いあったような勢いで、短期間での事業拡大に全力を注いできた。たとえそれが違法すれすれの行為であったり、クライアントに法令のひとつやふたつ曲解させることになったりしても。
「グローバルな人材採用のこれまでにない可能性を押し広げているのです」(ブアジズ)
同社のソフトウェアはたちまち大人気となった。コロナによって、通勤する働き方が世界中で根本から覆されたことを受け、ディールの売り上げは20年の140万ドルから22年に1億6900万ドルへと急増し、23年には約3億5000万ドルとなる勢いだ。ソフトウェア業界ではおなじみの指標、年間経常収益にいたっては、ある時点で業界過去最高の伸びを記録。「ちょっとしたおとぎ話並みに順調」だと、ディールの投資家でディズニー・スタジオ元会長のジェフリー・カッツェンバーグが言うほどだ。
ブアジズは21年にフォーブスの「30 アンダー30(世界を変える30歳未満の30人)」に選出され、翌22年には、ディールが資金調達ラウンドで120億ドルの評価額を得たことで、共同創業者のシュオ・ワン(34)とともにビリオネアにもなった。
だが、一部の議員は、ディールが自社のフルタイム社員をフリーランスと誤分類していることを問題視し、告発していた。ブアジズがワシントンに乗り込んだのは、彼らと直接会って好印象を与えるためだ。
また、米当局から詐欺容疑で告発された企業が同社のクライアントであったことから、米商品先物取引委員会(CFTC)による調査が行われた際には巻き込まれた。ディールは詐欺に直接関与してはいなかったが、ニューヨークに本社を置くライバルのHRソフト・スタートアップ「パパイヤ・グローバル」が、ディールは「成長戦略を追求する」ために法の抜け道を利用しようとしているのではないか、とこの件に乗じたマーケティング・キャンペーンを行ったのだ。パパイヤの代表者は、スキャンダル以降いくつかの企業がディールから自社に乗り換えたとフォーブスに語っている。