音楽制作ソフトウェア「ガレージバンド」の開発や、耳馴なじみのあるiPhoneの着信音など、アップルの重役としてザンダー・ソーレンが手がけてきたプロジェクトは数多い。音楽とマーケティングの才能を見込まれて2001年にアップルに入社。スティーブ・ジョブズにも高く評価され、激動の20年を駆け抜けた。その傍らで「日本料理に合うワイン」の開発に取り組み、2023年、世界に先駆けて日本で「ザンダー・ソーレン・ワインズ」を発売した。
10年間「カイゼン」の繰り返し
ジョブズといえば、禅を学び、日本文化を愛した人として知られるが、ソーレンも負けてはいない。幼いころ、家族で訪れた日本料理店で、琴の音色と、漆塗りの重箱に入った端正な盛り付けの料理に魅せられた。“クロサワ”を敬愛する父の影響で日本映画に親しみ、空手を習った子ども時代。マーケティングを専攻した大学時代にも、教養として日本の歴史やアートについても学び、知識を深めていった。アップルの本社があるのは、北カリフォルニア・クパチーノ。車で30分も走れば多くのワイナリーがあり、週末ごとに友人たちと訪れては、気に入ったボトルをもち帰り、仕事終わりに楽しむ日々。いつしか、大好きな日本料理に合わせられるワインをつくりたい、という思いが膨らんでいった。
とはいえ、ワインビジネスは素人。本業と並行しながら、まずは趣味として、名刺がわりの1タンク、300本をつくろうと決めた。ブドウ品種をピノ・ノワールだけに絞り込んだのは「幅広い料理に合わせやすいから」。ワイナリー巡りで親しくなったワインメーカーに醸造を依頼し、最初に完成したのが2012年ヴィンテージだ。それからというもの、できたワインを知り合いの日本料理店にもち込んではフィードバックをもらって「カイゼン」し、日本料理との相性を追求していった。試行錯誤の過程で知り合ったのが、ブドウの味を素直かつエレガントに表現する醸造家のシャリニ・シェイカーだ。
2015年の「サンフランシスコ・インターナショナル・ワイン・コンペティション」で最優秀ワインメーカーに選ばれたシェイカーは、音楽理論の教授から転身した人物でもあり、ソーレンとはワインと音楽、また、物事を理論的に考えるという点も共通していた。
ハーモニーを生み出すように
ワイン造りでは、同じ区画から収穫したブドウ同士を混ぜて醸造することが多いが、彼らのスタイルはもっと緻密だ。同じ区画のピノ・ノワールでも、クローン、つまり遺伝子構成が同じブドウだけを混ぜ、別々に自然発酵させ、それぞれに相性の良い樽に入れてエイジングする。それにより、異なった音階をもつ音符のようにバラエティ豊かなワインが誕生し、そのブレンドで、理想のハーモニーをつくっていく。味わいの決定はブラインドテイスティングで行う。最終的には顧客の側に立ち、一切のデータを見ずに、感覚に任せて選択するのだ。「ありのままの自然を表現するのではなく、テロワールを純粋に表現する味をブレンドすることで、ユニークさが生まれる」。そんな言葉に、クリエイターとしての魂が垣間見える。