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2024.05.20 16:45

PTSDの緩和に運動 トラウマ記憶を上書き

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戦争や災害などの強烈なショックによる心的外傷(トラウマ)によるストレス障害「PTSD」が、神経回路の再構築によって治療できる可能性が九州大学によるマウスの実験で示された。

世界保健機関によると、世界の約3.6パーセントの人が過去1年間にPTSDを経験したという。しかしその治療法に決め手がないのが現状だ。九州大学の研究チームは、記憶に重要な働きをする脳の「海馬」という部位の神経回路をリモデリング(再構築)することで、トラウマ記憶を忘れさせ、PTSD症状を減らせることを明らかにした。

外部からの電気信号を海馬の内部に送る役割を果たす歯状回という部分では、大人になっても新しい神経細胞が生まれている(神経新生)。九州大学の研究チームは、海馬に依存した記憶は、この神経新生が増加すると忘れやすくなることを以前に突き止めていた。そこで、トラウマ記憶にもそれが起きるかどうかを確かめた。

神経新生は運動で促されることから、トラウマを与え、PTSD患者と同様の行動(恐怖記憶が消えない、不安の増大、安全な環境でも恐怖を感じてしまうなど)を示すようになったマウスを4週間にわたりランニングホイールで運動させた。すると、トラウマ記憶が減弱し、PTSD症状も減った。さらに神経新生の影響を確認するために、光で特定の細胞を活性化させる光遺伝学的手法で歯状回を刺激した。また、神経の突起が伸びるのを抑制するタンパク質を欠損させる方法も用いて、神経の数は変えずに突起だけを伸長させた。すると、やはりトラウマ記憶とPTSD症状が減った。このことから、症状の減弱は神経新生が海馬の神経回路をリモデリングした結果だと考えられた。

このメカニズムは、同じく記憶が関わる精神疾患である薬物依存症にも適用できるという。薬物依存症は、薬物による快楽を思い出すことで、止められなくなってしまう病気だからだ。これもマウスで実験を行った。2つの部屋を用意し、片方では生理塩水、もう片方ではコカインを与えると、マウスはコカインの部屋を好むようになる。この状態で自発運動と遺伝学的手法による神経新生を促すと、マウスはコカインの部屋を好む嗜好性が弱まった。

海馬の神経新生を促すことでPTSDや薬物依存症が改善できる可能性が示されたわけで、運動は今すぐにでもできる有効な対処法であることがわかった。画期的な治療法への期待も高まる。

プレスリリース

文 = 金井哲夫

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