ただ、ソガバレ氏が率いる与党OURは4月の総選挙で15議席を獲得して第1党になったものの、過半数の26議席には届かなかった。著書『真相 中国の南洋進出と太平洋戦争』(龍渓書舎)など、パプアニューギニアやソロモン諸島をはじめとする太平洋の戦史研究で知られる田中宏巳防衛大学校名誉教授は「中国が太平洋島嶼国に進出して10年余になりますが、中国に対する現地の人々の警戒心が上がってきていると感じます」と語る。
太平洋地域はマーシャル諸島、ミクロネシア連邦、パラオなどの「ミクロネシア」、パプアニューギニア、ソロモン諸島、フィジーなどの「メラネシア」、そしてキリバス、サモア、ツバル、トンガなどの「ポリネシア」という三つの地域に分かれている。このなかで、中国は近年、メラネシアに目をつけて様々な工作を展開していた。中国は2019年、台湾と断交したソロモン諸島と国交を樹立。22年4月には、両国が安全保障協定を締結した。同年夏、ソロモン諸島が、米沿岸警備隊の巡視船の同諸島のガダルカナル島への寄港を拒否したことが明らかになった。18年ごろには、パプアニューギニアのメナス島を巡り、中国企業が開発を打診した。これに対し、中国の軍用機が利用できる空港や、軍艦の使用も認める港湾施設の整備につながるという疑念の声が米豪など上がり、両国が開発を担うことでパプアニューギニアと合意した。
なぜ、中国がメラネシアに目を付けたのか。田中氏は「中国が第2次世界大戦中の日本の戦略を学んだ結果です」と語る。同氏によれば、1980~90年代にかけ、神田の古書店街から「戦史叢書」が次々に姿を消す事件があった。戦史叢書は、防衛研修所(現・防衛研究所)戦史室が大本営の内部文書や米国が接収していた旧日本軍の報告書などをもとにまとめた、公的な戦いの記録だ。姿を消した戦史叢書の「足取り」をたどると、中国人が大量に買い付けていたらしい事実が浮かび上がったという。田中氏は「日本軍が対米戦でどのような戦略や戦術を駆使したのかを研究したようです」と語る。
中国は研究の結果、メラネシアに目をつけたようだ。日本軍はソロモン諸島のガダルカナル島に飛行場の建設を目指し、阻止しようとした米軍と激戦を繰り広げた。その際、ガダルカナルへの増援の拠点になったのが、パプアニューギニアのニューブリテン島北部に設けたラバウル航空基地だった。日本軍はラバウルを占領すると、豪州が建設した飛行場を拡張し、最盛期で300~400機の航空兵力を誇った。ラバウル航空基地は1944年初めまでの約2年半、太平洋を西進しようとする米軍を阻んだ。ラバウル航空基地もガダルカナルへの飛行場建設も、「米国とオーストラリアの分断」という戦略に基づいていた。
現代では飛行機に代り、弾道ミサイルの脅威が問題になっている。西太平洋などを射程に収める中国軍の中距離ミサイルは、弾道ミサイルが約1500発、巡航ミサイルが約500発と言われている。米国はグアムの米軍基地も中国のミサイルの射程圏内にあるとして、豪州を兵站基地として活用する考えを持っている。今年2月に、自衛隊や在日米軍などの施設で行われた日米共同統合指揮所演習「キーン・エッジ」でも、豪州の北部ダーウィンなどに兵站基地を設け、グアムや沖縄などへの補給支援活動の拠点としての役割を担うことが確認された。
日本の安全保障専門家や自衛隊の関係者らは「中国がもし、パプアニューギニアやソロモン諸島に弾道ミサイルを配備すれば、米軍の戦略は大きく狂うことになる」と懸念していた。