このスピーチを、2023年に舌喉頭全摘手術を受け、舌と声を失ったAYA世代(15歳から30代)がんサバイバー出野宏一氏が聞いた。以下は出野氏による寄稿である。
医師の役割は「きっかけ作り」
「人生100年時代」と長期間の健康寿命、そして平均寿命を享受できるようになった今、医療と患者の関わり方にも変化が産まれている。
医療現場へAIが導入され、AIへの機械学習の教師データとして、患者による積極的な医療参加が重要になってきた。患者からの自主的なデータ提供も期待される。
もちろん、医療情報の提供には患者側の自主的な同意が不可欠であるが、データ提供は結果として患者本人の利益になる点も考慮して判断できればと思う。
沖山翔氏は東京大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター(救命救急)での勤務を経て、ドクターヘリ添乗医、災害派遣医療チームDMAT隊員として救急医療に従事。2015年医療ベンチャーメドレー執行役員として勤務。メドレーではAI技術を用いた「症状チェッカー」を開発。2017年アイリスを創業、アイリスのAIインフルエンザ検査機器nodocaは2022年保険適用となり、2024年3月末日nodocaの検査を受けた累計患者は5万人を超えることとなった。
ここではAI医療機器を開発するアイリスのCEOであり医師である沖山氏の、ブルガリアで開催されたTEDxVitosha 2024でのトークをご紹介したい。
TEDでのトークでは、沖山氏は自身が経験した3つのケースを紹介の上で、「これからの医療行為は医師だけによるものでなく、患者からの積極的な医療参加やAI学習データの提供により支えられる」と結論づけている。
1つ目のケース
離島において緊急の輸血が必要となり、沖山氏は島内放送にてAB型の輸血を呼び掛けた。結果、15分以内に献血希望者が列をなし、重症者の救命に至った。
2つ目のケース
ブラジルにおいて、世界でも数百例しか報告の無い病気に罹患した女性のケース。従来の治療ガイドラインでは意図されていなかった投薬によりこの女性は快癒に向かう。沖山氏は彼女の協力を経て、本件を稀少事例として学会に報告した。彼女の無償の情報提供により、今後、同様の病に苦しむ多くの患者が救われることとなるはずである。
3つ目のケース
沖山氏は自身が創業したアイリス社のAI搭載の咽頭内視鏡システムnodocaを紹介している。咽頭診察では「舌を押さえて視野を確保して、喉を照らし、喉を診る」ために「3つの手」が必要となる。この工程をAIで削減、汎用化し、喉の様子から診断するという「匠の技」を世界で活用できる様にすることを目的に開発されたnodocaはAIと連携した医療用口腔カメラだ。患者の喉の写真を撮り、AIが問診情報等とともに喉の写真を分析。数秒〜十数秒でインフルエンザの罹患を判定することができる。
実際にnodocaを利用した医師からも「『3つの手』がなくてもAIで判定できるのは魅力」と好評だ。
「インフルエンザを皮切りに様々な疾患の画像診断にnodocaの技術が応用できれば」が沖山氏の願いだ。AI画像判定にはより多くの画像を学習したか否かが重要であり、nodocaを用いた診断は患者側の情報提供にも支えられている。
上記3ケースに共通することは、患者による積極的な医療参加であり、患者側の協力無しに救命には辿りついていない。
また、いずれのケースにおいても、医師の役割は診断を下すことのみではなく、患者側が医療行為に参加できるように促す「きっかけ作り」であった。
「従来、病気の診断に対しては、患者が医師に感謝を述べることが一般的でした。しかし、AIが医療現場に参入したことにより医師側もまた患者に感謝するというように、この慣習が双方向化すると思っています。AIの精度は、いかに多くのデータを学習したかによります。このデータは患者から積極的に医療現場に提供されるものであり、実際、そのような未来の医療への貢献に対して医師が患者に感謝の意を表明する場面も増えてきていると感じます」
病やその後の経過データを学習して、機械的に診断確度を上げていくAIの仕組みを考えると、病を治すのはもはや医師ではないのかもしれない。
そして、今後、医師の役割は、nodocaのようなAI判定技術開発など医療情報プラットフォームの保守、アクセスへの円滑化などがより重要になるのかもしれない。
──筆者自身の個人的な闘病経験も、沖山氏と同じ結論に着地している。