キスメット社は、2023年4月にドイツの日用品大手ヘンケルのロシア事業を買収したコンソーシアムの一社だった。買収価格は約540億ルーブル(現在の為替レートで約900億円)と時価よりも50%以上低かった。これは、2022年12月にプーチンが署名した大統領令によって、ロシアから撤退する外国企業は資産価値を少なくとも50%割り引いて売却しなくてはならなくなったためだ。
米国は2023年12月にタブリンに制裁を科した際、「戦時下のロシアで最大のディールメーカーのひとり」と断じている。
ロシア人ビリオネアのなかには、ファストファッション大手グロリア・ジーンズの創業者ウラジーミル・メリニコフのように、ロシアの消費者が地元ブランドに切り替えたことで得をした人物もいる。グロリア社は外国ブランドのロシアからの撤退で売上高が急増した。
もっとも、彼はこうした状況を必ずしも喜んでいるわけではない。「競争があるおかげでわたしたちは強くなれます。ZARAやH&Mのような強力な競争相手が去ってしまうと、人々は何も買いたがらなくなってしまいました」。メリニコフはフォーブスのインタビューでそう語っている。「ロシアの市場に彼らの代わりになる企業はありません。そして、グロリア・ジーンズは競争がなければ生きていけないのです」
この戦争の「特需」で儲けているのはロシアの富豪だけではない。ウクライナが国土を守るために必死に戦うなか、周辺の第三国でもウクライナへの支援で利益をあげている実業家がいる。
チェコの軍需企業チェコスロバク・グループ(CSG)は、ウクライナ軍への最大の武器納入業者の一社になっている。オーナーのミハル・ストルナトはビリオネアで、資産額は前年の2倍強に膨らんでいる。
また、トルコの軍用ドローン(無人機)メーカー、バイカルは、ウクライナ軍に供給した攻撃用ドローン「バイラクタルTB2」が戦場の形勢逆転に寄与したことを受けて、輸出が急増した。オーナーであるセルチュクとハルクのバイラクタル兄弟は今年、そろって新たにビリオネアに仲間入りしている。
対照的なのがウクライナの富豪だ。ウクライナ人ビリオネアの総資産は2023年以降、19%も減った。ウクライナ一の富豪であるリナト・アフメトウは今年2月、保有企業のひとつメティンベストのコークス工場がある東部の都市アウジーウカがロシア軍に占領されたことで、新たな打撃を受けた。