FRBが1994〜95年に進めた利上げサイクルによって、アジア諸国の通貨は試練にさらされることになった。この間、アラン・グリーンスパン議長率いるFRBは、短期金利を1年で2倍に引き上げた。その結果、ドル相場は数年にわたって上昇し、アジア諸国の通貨はドルとのペッグ制を維持できなくなった。まずタイが1997年7月、バーツのペッグ制放棄と切り下げに追い込まれた。すぐにインドネシアや韓国もそれに続いた。
今回もジェローム・パウエル議長のFRBが金融政策の急ブレーキをかけ続け、ドルを急騰させている。FRBは年内は利下げしそうにない。アジア各国の政策当局者は年初時点では、FRBは今年5回以上の利下げが既定路線だと考えていた。現在はインフレ懸念がくすぶるなか、利下げは1回もしないかもしれないという話になっている。
そのため、急騰するドルによる「引力」はますます強まっている。これはアジアの輸出主導型の経済国にとって最もありがたくないものだ。どういうことか。
たとえば中国の人民元は、資本がドル資産に引き寄せられるなか、下落圧力がかかっている。年初来2%という人民元の下落は、円と比べればかわいいものだが、中国経済にとって目下、最大のリスクのひとつを悪化させかねない。巨大な不動産開発会社のデフォルト(債務不履行)である。
元安が進むほど、中国恒大集団のような中国の不動産開発大手は外貨建て債務の支払いが難しくなる。また、元安の進行は、米国で向こう半年、トランプに忠誠を誓う共和党とジョー・バイデン大統領の民主党が激しくぶつかり合うなか、中国を選挙戦の争点に押し上げるリスクも高めるだろう。
元安が進めば、民主党と共和党は、中国のバイトダンスの「TikTok(ティックトック)」に対する取り締まりの場合よりも早く、中国に対して同じ姿勢をとるようになるだろう。習指導部は元相場に関して、円との「底辺への競争」への誘惑には抗ったほうが賢明だ。タイのバーツやインドネシアのルピー、韓国のウォンも、こうした通貨安競争は避けるべきだろう。