Forbes BrandVoice!! とは BrandVoiceは、企業や団体のコンテンツマーケティングを行うForbes JAPANの企画広告です。

2024.05.24 11:00

「失敗したら、俺が謝る」 九大OIP株式会社 誕生物語

国内初の「学内の産学官連携組織の丸ごと外部法人化」。大学も稼がなければならない時代、113年の歴史を誇る国立大学の雄が立ち上がった。親分気質の総長が、西から来た男とともに——


 日本における眼科のドンは石橋達朗先生——。ある製薬企業の社員から、かつて男はそう聞かされた。どんな人だろうとウェブで写真を見つけ、思わず「こわっ」とつぶやいた。確かにその威厳が感じられた。

 初対面は2020年の秋。ドンは九州大学総長に就任したばかりで、男は緊張して何を話したか覚えていないという。

 一方のドンは男を一目見て鹿児島出身者と早合点した。「西郷隆盛みたいだから、てっきり鹿児島から来たのかと思って(笑)」。

 西郷に擬せられた男の名は大西晋嗣。実際には奈良出身で、長く関西に身を置いた。福岡に移ったきっかけは、大学や公的研究機関の研究成果の技術移転を支援する関西TLOの社長を務めた手腕を買われたことだ。

「関西TLO時代に九州大学と仕事をしたとき、なぜ九大の人たちは新しい取り組みに前向きなんだろうと不思議で、憧れをもっていたんです」

「ちょっとメシでも食いませんか」 総長がトップ営業する理由

二人はこの4月1日、大きな一歩を踏みだした。九大と産業界、官界を橋渡しする新会社「九大OIP株式会社」が九大の100%子会社として設立されたのだ(OIPはオープンイノベーションプラットフォームの略)。大西はこの日、九大OIPの社長に正式に就任した。

 OIPは学内組織として2年前にスタート。その狙いのひとつは「集約化」にあったと石橋は語る。

「九大は2000年代から個々の研究者の代わりに大学レベルで企業と提携する『組織対応型連携』を推進してきました。しかし分野ごとに異なる学内の組織が窓口を担当していたので、広範な事業を手がける大企業の場合、本学のさまざまな分野と連携したくてもしにくい状況があった。分散していた機能を集約し、ワンストップで対応する組織が必要だと考えました」(石橋)

九州大学伊都キャンパスのすぐそばにある研究施設と商業施設、住宅施設のコラボタウン「いとLab+」。緑豊かな自然に囲まれながら、九大OIP株式会社はこの研究開発棟のなかにある。

九州大学伊都キャンパスのすぐそばにある研究施設と商業施設、住宅施設のコラボタウン「いとLab+」。緑豊かな自然に囲まれながら、九大OIP株式会社はこの研究開発棟のなかにある。

大学の財政状況は厳しい。04年の国立大学の法人化後、国の運営費交付金の額は年々減る一方だ。20年間で約100億円の減少だという。国だけに頼っていては実験装置や病院設備の更新も、日々の研究活動もままならない。

 難局打開のためOIPを設立すると同時に、総長自ら企業にかけ合った。この「営業活動」に役立ったことがあるという。

「企業のお偉いさんは年を取ると大体目が悪くなって九大病院を受診されることが多い。僕は眼科なので、そういう人と知り合う機会が多かったんです(笑)。14年から18年まで九大病院長を務めた経験が今、役に立っています。もちろん眼科以外で受診されるお偉いさんとも会ったり、地場企業の経営者が集まる会食に呼ばれたりもして人脈が広がりました。総長になったからにはそれを生かしてやろうと。各社の会長や社長に直接電話して『ちょっとメシでも食いませんか』って声をかけてきました」

「OIPのロゴデザインは九州大学芸術⼯学研究院の⼯藤真⽣先⽣にお願いしました」(大西)。オフィスは人と人、情報と情報がマッチングしやすい「垣根のなさ」を念頭に置いたという。

「OIPのロゴデザインは九州大学芸術⼯学研究院の⼯藤真⽣先⽣にお願いしました」(大西)。オフィスは人と人、情報と情報がマッチングしやすい「垣根のなさ」を念頭に置いたという。

眼科教授時代のスタートアップ経験

眼科医、病院長として意図せず培った人脈と財界活動が功を奏し、組織対応型連携の契約数は石橋が総長に就任する20年10月から23年5月までの期間に18件に及んだ。過去10年と比べて年間件数約2倍のペースだという(23年5月までの契約数は計85件)。

 大学発スタートアップの起業数も順調に伸びている。21年度までには九大ギャップファンドの採択案件42件中、17社が実際の起業に至った。ギャップファンドは研究成果と事業化の間に存在するギャップを埋める目的で大学が教職員に助成する開発資金で、九大は18年にスタートさせている(1件当たり最大200万円)。石橋は21年にギャップファンド修了者を対象に2年で上限1000万円を支援する九大ステップファンドを立ち上げた。有望な事業の種を育てるためだ。

 石橋自身、眼科の教授時代に大学発スタートアップの苦労を身をもって経験した。石橋らの研究チームが発見した薬剤を知財化し、眼科の手術補助剤として実用化すべく当時九大医学部の大学院生で、眼科医だった鍵本忠尚により05年にアキュメンバイオファーマが設立された。だが、軌道に乗るまで長い時間がかかった。

「10年にEUで医療機器として、19年にはFDA(米国食品医薬品局)で新薬として承認を受け、世界中で使われて、九大にも特許のライセンス収入をもたらしていますが、当初は資金繰りに苦しんだ。きれいごとではなく、起業にはお金が必要であることを痛感しました」(石橋)


いたるところに木材ベースの設備が見られる。農学部の演習林で育った木々が、新企業の空間を演出する。本棚は各学部の使われなくなったものを再利用。よく見ると「文学部」などのシールがそのまま残っている。

いたるところに木材ベースの設備が見られる。農学部の演習林で育った木々が、新企業の空間を演出する。本棚は各学部の使われなくなったものを再利用。よく見ると「文学部」などのシールがそのまま残っている。

総長の本気度が企業トップに伝わっている

鍵本は経営に行き詰まったときに相談した石橋から「骨は拾ってやるから、とにかく薬ができるまでやってみろ」と言葉をかけられ、背中を押してもらったと「日経産業新聞」(2021年6月8日)のインタビューで明かしている。大西も石橋に背中を押されたひとりだという。

「福岡市長、総長と私が担当するスタートアップ支援策について話し合っていたとき、総長が『失敗したら俺が謝ればいいんやろう』と言ったんです。市長の前でそんなふうに言われたら、こちらも『思いっきりやらせてもらいます!』って気持ちになりますよ」

 研究業績に加え、若手を鼓舞する親分気質をもち合わせている点も、ドンと評されるゆえんなのだろう。

「九大が現体制になって産学連携が進んでいるのは総長の財界人脈の広さに助けられている面はもちろんありますが、それ以上に大きいのは総長の本気度が企業トップに伝わっているからだと思います。数十億円規模のプロジェクトの場合、相手企業もなかなかゴーサインを出さないのが普通です。しかし九大は本気だっていう前提があるので、現場レベルでの話を進めやすいんです」(大西)

大西晋嗣 九大OIP株式会社・代表取締役社長

大西晋嗣 九大OIP株式会社・代表取締役社長

ベンチマークはオックスフォード

九州大学はこれまでも大学発スタートアップの創出、企業との共同研究に力を入れてきた。全国の大学における知的財産権の収入で毎年上位を占め、20年度は2位(約6億円)だった。

 共同研究、受託研究による収入も伸びている。そんな九州大学がなぜ今、日本では前例のない「学内の産学官連携組織の丸ごと外部法人化」に挑んだのか。大西はいくつか理由があると語る。

「ひとつは雇用問題です。学内組織だと通常5年の有期契約でしか職員を雇用できません。子会社化すると、彼らのキャリアパスが設計できて、優秀な人材が残ってくれるし、外から呼ぶこともできるので、当然、組織力が上がりますよね」

 もうひとつは「判断のスピード」だ。

「大学の意思決定プロセスでは学内の委員会で合意形成しなければならないのでどうしても時間がかかります。外部法人化すれば、誰をいつ雇うかの判断も、事業拡大の判断も3分の1の手間と時間で下せるようになります。例えば今後、企業から評価分析やプロトタイプの開発を受託する子会社を年に1、2社ずつ立ち上げる予定です」

 九大OIPは日本には珍しい形態の会社だが、海外に目を転じれば先例は見つかる。

「ベンチマークのひとつは、オックスフォード大学の研究成果の技術移転などを担うOUI(Oxford University Innovation)という会社です。産学連携子会社は大学の教育や研究の繁栄のためにあるという目的をはっきりさせているところが彼らの素晴らしいところです」

さまざまな専門家やスタッフが自由にアイデアを話し合う。「外からは内側が見えず、中からは外側が見えるという会議室も。蜂の巣のように六角形を隙間なく組み合わせたハニカム構造。芸術⼯学研究院の岩元真明先生にオフィス全体のデザインをお願いしました」(大西)

さまざまな専門家やスタッフが自由にアイデアを話し合う。「外からは内側が見えず、中からは外側が見えるという会議室も。蜂の巣のように六角形を隙間なく組み合わせたハニカム構造。芸術⼯学研究院の岩元真明先生にオフィス全体のデザインをお願いしました」(大西)

産学連携と自由な研究は両立する

大西はイギリスに飛び、OUIにヒアリングしてノウハウを学んだ上、同社の中興の祖である前CEOに九大OIPのアドバイザー就任の確約を取りつけた。

「定期的なオンラインのミーティングがあります。最近はスタートアップ支援の新しいプロジェクトについて相談しているのですが、細かな事業計画の確認から、『なぜそれをやる必要があるのか』『それが大学にどう影響するのか』など根本的な問いまで、厳しく聞かれるので毎回たじたじとなっています。単なるコンサルの一般論で終わらず、業界を熟知した方のメンタリングなのでとても参考になります」

 国からの補助金が減るなかで自らビジネスに積極的に関与せざるをえない事情はわかる。一方で、大学は「象牙の塔」であるべきだという考えもある。学内で「金もうけに走るな」という意見はなかったのだろうか。

「昔は結構いましたけど、その時代の人はもう定年で辞めましたからね(笑)。研究と教育だけしていればいいという大学人はほとんどいないんじゃないでしょうか。もちろん研究者の純粋な好奇心に基づく自由な研究を重視していることに変わりはありません。一方で、社会が何を求めているのか、自身の研究が社会にどんな形をもたらすかを議論することで研究は発展します。OIPで産学連携を加速させることと、自由な研究は両立すると考えています」(石橋)

石橋達朗 九州大学総長

石橋達朗 九州大学総長

この九州の強みを戦略に落とし込みたい

石橋は2022年2月、九大が2030年に目指す姿を実現する新ビジョン「総合知で社会変革を牽引する大学へ」を掲げた。社会とのつながりが大学のコアにあるのだ。

「九大の繁栄は、九州の繁栄のうえに築かれます。九大OIPは、地域課題の解決、新産業や雇用を創出して九州経済を活性化する手段と言ってもいいでしょう」

 九州経済の活性化には、職がない、専門性が一致しないなどの理由で流出していた高度人材の九州への定着を促す必要がある。九大OIPは、九大修了生の力をフル活用して、九州全体を盛り立てる装置なのだ。

 大西は最近、かつて感じた九大の謎が少し解けてきたと語る。

「九大の人たちは自分の得意なこととあなたの得意なことを組みあわせると、もっといいことができるって話を自然に始めるんです。関西から来た私には新鮮な光景でした。以前では極端にいえば周囲の人がみんな競争相手に見えて、どうやって相手を打ち負かすかばかり考えていました。でも、こっちの人は目の前の人を仲間だとみなしています。学内だけじゃなくて、経済界も自治体の方々もそうです。ああ、だから新しいことが次々と生まれるのかって納得しました。この九州の強みを戦略に落とし込みたいですね」

 眼科のドンと関西生まれの西郷どん。二人の「どん」が産学連携に革命を起こす。


いしばし・たつろう◎1949年長崎県生まれ。75年九州大学医学部卒業。84年に南カリフォルニア大学、ドヘニー眼研究所に留学し、帰国後九州大学医学部眼科講師。2001年九州大学大学院医学研究院眼科学分野教授。13年九州大学副学長兼任、14年九州大学病院長兼任、20年に先端医療オープンイノベーションセンター長就任。同年10月より九州大学総長。

おおにし・しんじ◎1977年奈良県生まれ。2003年、京都⼤学⼤学院農学研究科を修了。07年、関⻄ TLO 株式会社⼊社、13年から18年まで代表取締役社⻑。2020年、九州⼤学学術研究・産学官連携本部教授に就任し、同年10月より九州⼤学副理事(産学官連携)。24年4月より九大OIP株式会社・代表取締役社長。

Promoted by 九州大学 / text by Shinya Midori | photographs by Kei Onaka