2024.04.26 16:15

シャルル・ルクレールがピアノを弾く理由 勝利を導く「ディスコネクト」とは

2024年のF1グランプリは史上最多の全24戦で繰り広げられる。いっぽうで、かつてどれだけ大きな予算が投じられるかの競技でもあったF1グランプリには、2021年よりコストキャップという名の「予算上限制度」が導入され、チームの効率的な運用が求められるようになってきた。

そうしたなか、トップチームの一画を占めるスクーデリア・フェラーリはこの課題にどのように取り組んでいるのか? 同チームのフレデリック・バスール代表に訊ねた。

「ええ、現代のF1ではチームを効率的に機能させることが非常に重要です。チームの予算がライバルたちと横並びになったことで、決まった予算をいかに効率的に配分し、運用するかが勝敗を分けるカギとなっているのです。その意味では、従来とはアプローチが大きく変わったといえますし、一般的な産業やビジネスのあり方に近づいたともいえるでしょう」

4月4日から7日にかけて開催されたF1日本グランプリにて、鈴鹿サーキットを疾走するルクレール。4位で決勝レースを終えた。チームメイトのカルロス・サインツ・JRは3位で表彰台に。

4月4日から7日にかけて開催されたF1日本グランプリにて、鈴鹿サーキットを疾走するルクレール。4位で決勝レースを終えた。チームメイトのカルロス・サインツ・JRは3位で表彰台に。

では、バスール代表はスクーデリア・フェラーリの効率性に満足しているのだろうか?

「いいえ、満足していません。これは、F1グランプリで働く者にとってはDNAのようなもので、すべての領域について、常に改善しようと努力しなければ気が済まないのです。レースで勝つには優れたパフォーマンスが必要です。勝利を手にするための、最後の1000分の1秒をいかにして絞り出すのか。そういった戦いをしている私たちが、自分のやっていることに満足しているとしたら、それは堕落の始まりです。常に、改善の余地がどこかにないかと考えることが重要です」

ルクレールが語る、メンタルコントロールの技術

いっぽう、数百名ものスタッフが関わり、数百億円の予算を投じて戦うF1グランプリで最前線に立っているのが、マシーンを操るドライバーだ。そしてドライバーとしてスクーデリア・フェラーリをけん引する立場にあるのが、現在26歳のシャルル・ルクレールである。

2018年にアルファロメオ・ザウバー・チームからF1グランプリにデビューした彼は、2019年にスクーデリア・フェラーリに移籍。これまでに129レースを戦い、ポールポジション23回、表彰台32回、優勝5回という輝かしい戦績を残している(2024年第4戦日本GP終了時点)。
モナコ・モンテカルロ出身のルクレールは1997年10月生まれの26歳。2016年にF1デビュー。2019年からフェラーリのドライバーになる。

モナコ・モンテカルロ出身のルクレールは1997年10月生まれの26歳。2016年にF1デビュー。2019年からフェラーリのドライバーになる。

それにしても、F1グランプリという巨大ビジネスにおいて、年間24戦ものレースを戦うドライバーにのしかかるプレッシャーはさぞかし凄まじいはず。また、長いシーズンを通じて安定したパフォーマンスを維持することも容易ではないだろう。

そこでルクレールに、F1ドライバーとして自分のメンタルをどのようにコントロールしているのか、訊ねてみた。

「レースが年々増えているなかで、どんどん減っていく自分の自由な時間をどう使うかは、ますます重要になっています。実際、私自身ここ数年で時間の使い方を大きく変えました。F1にデビューしたシーズンは、すべてのことが目新しく、シーズン前半ですべてのエネルギーを使い果たしてしまいました。しかし、最近はオフの時間をどう過ごすかを工夫することで、シーズンを通じて落ち着いた精神状態を保てるようになってきました」

良いパフォーマンスのための没頭

「心の平静を保つためには、すべてのことから自分をディスコネクト(切断)することが必要でした」と語るルクレールが良質なオフタイムを過ごすために取り組んでいること。それは、ピアノの演奏だというから驚いた。

「3、4年ほど前からピアノを弾くようになりました」とルクレール。「いまでは、僕のオフタイムのなかで、音楽の占める割合が非常に大きくなっています。いま、もしも3、4日のオフがあれば、まずは音楽を楽しむとともにジムでトレーニングして、あとは一緒に過ごす時間が減ってしまった友人や家族と会うようにしています」

ここで「どんな曲を演奏するの? クラシック? それともジャズ?」と質問すると、ルクレールは「自分で作曲します」とさらりと答えるから再び驚く。

「作曲するプロセスの、創作的な部分が本当に楽しくて仕方ありません。そして自分で作った曲を演奏することを楽しんでいます。私が作る曲はほとんど、メランコリーな雰囲気ですね。SpotifyやYouTubeでも聞けるので、もしも聞いたら感想を教えてください」



なるほど、彼が作った曲はどれもスローで、哀愁を帯びたものが多い。率直にいって、その穏やかな曲調は、命がけでスピードを競うF1ドライバーが作ったものであることが信じられないほどだ。このコントラストはすなわち、ルクレールがピアノに没頭することでF1ドライバーである自分の立場から切り離された時間を作り、精神面の充実を得ていることを示している。

そんなルクレールが「本業のF1」でいま目指していることが、スクーデリア・フェラーリとともにチャンピオンに輝くことである。しかし、スクーデリア・フェラーリが最後にタイトルを勝ち取ってから、すでに16年以上の歳月が流れている。果たして、ルクレールの夢はかなうのだろうか?
2022年にはドライバーランキング2位だったルクレール。世界最高のドライバーへの挑戦は続く。

2022年にはドライバーランキング2位だったルクレール。世界最高のドライバーへの挑戦は続く。

「もちろん、かなうと信じています。私はスクーデリア・フェラーリを愛しています。そして夢をかなえるためにはチームとの信頼関係を深めることが大切で、私たちは様々なことを話し合い、互いの中長期計画を確認し合うことで、夢を実現しようとしています。自分の夢を実現できる可能性がいちばん高いチームがスクーデリア・フェラーリであり、私とチームはその夢を達成できると信じています」

勝利の女神がルクレールとフェラーリに微笑むことを期待したい。

text by Tatsuya Otani / Edit by Tsuzumi Aoyama

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