宇宙日本食とは、日本人宇宙飛行士がISS(国際宇宙ステーション)に長期滞在する際、故郷の味を思い出すことで精神的なストレスを和らげ、パフォーマンスの維持・向上を目指す商品のこと。現在、32社・団体が開発した56品目(2024年3月現在)が認証を受けている。
増田は小学4年生の頃に宇宙の世界に魅了され、ミカンゼリーを宇宙日本食として開発するプロジェクトを開始。2022年、開発を行う「チームゆら」を大学生や社会人と共に設立した。今年に入り、JA静岡経済連やレトルト食品製造企業などの協力を得ることに成功し、年内の製品化のメドも立っている。
宇宙と出会ったのは小学4年生
増田は小学4年生の頃、学習塾「探究学舎」でコペルニクスやガリレオといった天文学者たちのストーリーを学ぶ「宇宙編」の講座を受けたのを機に、宇宙の面白さにハマった。そうしたなかで、書籍『宇宙のがっこう』(NHK出版)で宇宙に関わるさまざまな職業をながめていたとき、ひときわ輝いて見えたのが宇宙食の開発だった。同書では、JAXAの宇宙飛行士健康管理グループ(当時)で働く須永彩が「宇宙食の仕事は、宇宙飛行士に元気と笑顔を届けられる仕事」と紹介している。この一言が、増田の胸に響いた。
「宇宙食の開発はまったく想像もしなかった職業で、『こういう仕事があるんだ』と発見して憧れました」
探究学舎のメンターへ宇宙食への興味を伝えたところ、「今からでもできることをやってみたらどうか」とアドバイスを受けた。そこで、過去に宇宙日本食認証を受けた福井県の若狭高校にアポイントを取り、2021年11月にZoomで接触。同校が宇宙食を作った経緯と作るうえで気を付けたポイントを尋ねた。
「認証を取得するまで、どのように試行錯誤したのかを聞いて、とても刺激になりました」
増田は早速、高校生の助言を元に地元の郷土料理「静岡おでん」の宇宙食開発に取り組んだ。しかし、市販品を活用したレシピがベースだったため「開発した実感がわかなかった」という。
「それで、自分の好きな食べ物を使おうと決めました。私は物心がついたときから静岡県産のミカンが好き。手が黄色くなるほど食べ続けてきました。ミカンは生鮮食品として和歌山県や愛媛県産などが宇宙へ運ばれていますが静岡県産はまだ。そこで、私がミカンゼリーに加工して宇宙へ飛ばそうと思いました」
苦心したのは凝固剤の相性と量だ。宇宙では液体が飛散するとISS(国際宇宙ステーション)内の計器などの故障につながる。それを防ぐために凝固剤で水分にとろみをつける必要がある。しかし、ゼラチンは熱に弱く、寒天は食感が悪くなった。くず粉は静岡おでんなどの和食には合うものの、ゼリーとの相性があまりよくなかった。
最終的に行き着いたのは海藻からできたアガー「アガーは無味無臭。ぷるんとした食感と透明感があり、これだと確信しました」
同時期、増田にとって憧れの存在である若田光一宇宙飛行士の出身地・埼玉県の郷土料理である、けんちん汁の宇宙食開発にも着手した。しかし、けんちん汁は静岡県産の食材にこだわると1万円ほどの制作費がかかってしまうため、断念。以降はミカンゼリーの開発に一本化した。ミカンゼリーのレシピ開発には約2年かかり、これまでに作ってきた試作品は350食以上に上る。
企業からの厳しい評価
大きな転機となったのは2022年3月。協力企業を探していた増田は、レトルト食品を製造する、焼津市の石田缶詰を訪問した。同社は食品安全マネジメントシステムに関する国際規格認証を取得しており、2021年1月にサガミホールディングスと相模女子大学が連携開発した宇宙日本食「サガミ純鶏名古屋コーチン味噌煮」の製造に携わった実績を持つ。当日は試作のミカンゼリーをレトルトパウチしてもらったが、数日後に開封するとゼリーがとろみのついたジュースのように液状に変化していた。「これでは宇宙へ持っていけない。凝固剤などでまだまだ工夫が必要だとよくわかりました」