キャリア

2024.05.12 13:00

「大航海時代」を経てマイクロソフトCMOへ。目の前の「一本」に集中することが道を開く

「役所では、6人座ったシマの真ん中に電話が2つあって、1日に100~200本をさばきます。一方、レドモンドにあるマイクロソフト本社は、いきなり個室にひとり。誰も私を知らないから電話は鳴らないし、こちらからメールを書いても返事がない。会議でも何も言えなくて透明人間みたいでした」

担当はマーケティングではなく開発。テクノロジーに興味をもって入社しただけに仕事は刺激的だった。しかし、だからこそまわりの役に立てていない自分にフラストレーションを感じた。

足場ができたと思えたのは入社して半年過ぎてからだ。大きな成果を出したわけではない。デベロッパーにバグをひとつ直してもらったなどの小さな成果で自信をつけ、次の会議で発言にトライ。そうした積み重ねで徐々に存在感を発揮できるようになった。

4年目にはマネジャーに昇進。「自分はマネジメントにまだレディではない」と昇進には関心がなかったが、上司から頼まれて渋々引き受けたという。

与えられたミッションをこなすと、また次のポジションが提案される。最初は勉強のつもりで入った会社だが、その繰り返しで27年。途中には、パッケージソフトのOfficeをクラウド化するなどの大転換も主導した。数々の実績をつくり、今やマイクロソフトの最高幹部のひとりになった。

沼本は自らのキャリア観を、中高大と体育会で続けていたテニスになぞらえてこう語る。

「後悔もありましたが、引き返そうとは思わなかったですね。テニスの試合では、前のポイントのことは考えない。いつも次のポイントに集中です。実は先のことも考えていません。マイクロソフトに転職したら次の一本、マネジャーになったら次の一本、CMOになったら次の一本。常に次の一本です」

キャリアの理想像を描き、そこから逆算的にゴールを目指すやり方と対極にある、とても刹那的なキャリア観である。しかし、刹那の繰り返しが沼本をここまで押し上げた。同じようにグローバルでの活躍を目指す人に向けて、最後に沼本はエールを送ってくれた。

「皆さん、どうしたらうまくいくかをスマートに考えすぎなのでは。やってみないとわからないことが多いのだから、とりあえずやってみるべきです。もちろん私の大後悔時代のようにうまくいかないことは多々あります。しかし、うまくいかなければ耐えてまたトライすればいい。意外かもしれませんが、大事なのは日本的な根性論。打たれ強さがあれば、“次の一本”に何度でも挑戦できるはずです」


マイクロソフト◎1975年創業の米総合テクノロジー企業。最高経営責任者(CEO)はサティア・ナデラ。看板グループウェアの「Microsoft 365」のほか、OS「Windows」、クラウドサービス「Azure」、検索エンジン「Bing」、ウェブブラウザ「Edge」のほか、ゲーム端末・サービス「Xbox」を展開し、ビジネス特化型SNS「リンクトイン」などを傘下にもつ。

沼本健◎米マイクロソフト社エグゼクティブバイスプレジデント兼チーフマーケティングオフィサー(CMO)。同社のすべての製品とサービスに関する、製品マーケティング、ブランド、広告、市場調査、イベント、コミュニケーションを含む、世界中のマーケティングを統括する。東京大学を卒業後、通商産業省での勤務を経て、スタンフォード大学でMBAを取得。1997年にマイクロソフトに入社し、2023年より現職。

文=村上 敬 写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年5月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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