COLUMN|インタビューを終えて
Sushiに「ほかでは当たり前の経営手法」でイノベーションを起こす
マンハッタンに300平米の寿司屋を開く。これが令和のアメリカンドリームだろうか?その日の朝、私は新宿の高層ビルを訪れ、出されたマグロを前にそう思った。眼下一面に新宿の街が広がる。新宿御苑も見える。夜になると素晴らしい夜景になるそうだ。ここから見える景色に満足せず、米国へ進出。さらには最終的な夢は「月で寿司屋をやる」ことだという。
「寿司屋の大将」というと、長い年月をかけて熟練の技を磨き、仕上がっていくイメージがある。だが、目の前の蛎田氏は違う。現に彼が初めて店で寿司を握ったのは「修業ゼロ日目」。カウンターで「今日初めて寿司を握ります」と言ったのだ。そこからわずか1年半。NYにLA、今後は全世界にビジネスを展開しようとしている。そんな彼の話を聞くと、彼が握っているのが寿司だけではないことがわかる。それは、「寿司事業」であり「世界で勝てる事業」なのだ。
言わずもがな、「Sushi」は日本のブランドのひとつだ。彼の場合、それに加えて事業性が加わる。おかわり自由で明瞭な値段、原価率の公開、大箱獲得、インバウンドマーケティング、人材採用、そしてファイナンス。つくるのは「寿司」だけではなく、新しい時代の「寿司事業」。そんな印象を受ける。
実際、彼は寿司が生まれるバリューチェーンのうち「仕入れ」に焦点を当ててイノベーションを起こしている。端的に言うと「そこそこの技術でも、いい素材を仕入れられれば、その寿司はおいしい」という提供価値だ。
では、なぜそんなことができるのか。それは彼が会社経営をしてきた寿司職人だからだ。彼のキャリアは、営業マン→人材会社の社長→寿司大将という順で進んでいる。だから、営業やマーケティングの視点があるのだ。「事業計画書づくりも一瞬でできる寿司職人なんて、ほとんどいないですからね」と語る。
ほかの業界では当たり前に取り入れている経営手法を転用すれば、唯一無二の寿司事業をつくれる。「10年後、日本がどんな産業で強いのか?」はわからない。だが、10年後も「Sushi」を人々は食べるだろう。食べることは生きることそのものだからだ。私は「この事業、もっと広がりそうだ」と感じた。
取材の最後に目の前に出てきた中トロを食べ、思わず言った。「めっちゃおいしい!」。
すると彼はニヤリとほほ笑んだ。「そりゃね、さすがにおいしくないと飲食業は流行りませんからね」
蛎田一博◎1990年、広島県生まれ。下関市立大学卒業後、丸三証券入社。リテール営業を担当する。リクルートの法人営業を経て、25歳で人材紹介会社ユニポテンシャルを起業。同社代表取締役をしながら2022年7月に8席の寿司店「有楽町かきだ」をオープン。自身が仕入れや握りまでを行いながら大将を務める。23年7月、新宿・小田急ホテルセンチュリーサザンタワー内に移転。著書に『何者かになるための継続力 修業ゼロで予約困難店を作った寿司屋大将の思考法』がある。趣味は釣り。
北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役CSO。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『仕事の教科書』ほか。近著は『キャリアを切り開く言葉71』。