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「阪急阪神百貨店」は、1929年に誕生した世界初となる鉄道駅直結のターミナルデパートを原点とし、旗艦店の阪急本店(阪急うめだ本店+阪急メンズ大阪)は、単店ベースの売り上げでは全国2位を誇る。その阪急阪神百貨店では現在、顧客を基点としたコミュニケーションリテイラーへの転換を推進中だ。デジタルとリアルの融合によって顧客とのダイレクトな接点を増やし、強固で継続的な関係を構築する新たな百貨店ビジネスモデルとは。同社を力強く支援するPwCコンサルティングパートナーの三觜英男と、阪急阪神百貨店代表取締役社長の山口俊比古が語り合った。
創業者の思いを現代のビジョンに引き継ぐ
三觜英男(以下、三觜):PwCコンサルティングは阪急阪神百貨店のIT3ヵ年中期計画の立案に係る支援を皮切りに、2017年後半からコンサルティング業務に携わっています。本日は、新たな時代の百貨店ビジネスを切り拓く阪急阪神百貨店の挑戦を改めてつまびらかにしていきたいと思っています。
まずは、阪急阪神百貨店がビジネスを推進するうえで大切にされているビジョンについて伺います。「お客様の暮らしを楽しく、心を豊かに、未来を元気にする楽しさNo.1百貨店」というビジョンには、どのような思いが込められているのでしょうか。
山口俊比古(以下、山口):現在のビジョンを策定したのは2020年1月のことです。2012年に阪急うめだ本店を建て替えて以降、私たちは生活文化情報を発信してお客様の豊かな生活を創造する暮らしのヒントを提供するという「情報リテイラー」を標榜してきましたが、デジタル社会になり、お客様が自ら情報を入手し、自己実現を求めて自己投資するなど、消費スタイルが大きく変化しました。百貨店の競合となる多くのプレイヤーも参入してきています。これまで当たり前だった店舗・商品が基点の百貨店のビジネスモデルが曲がり角にきています。これからは物質的な豊かさだけでなく、その奥にある心を豊かにし、自分らしい暮らしの実現を通して未来を元気にしていくことが大事だと考えました。ところが、いざこれでやっていこうと思った矢先、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが始まったのです。
三觜:2020年というと、山口さんが社長に就任された年ですね。
山口:はい、就任直後、緊急事態宣言下で食料品以外の営業が休業という状況になり、従業員も経営も大変な思いをしました。そのなかで、私自身は「私たちがずっとやってきた百貨店とはそもそもどういう存在で、何をしたらお客様や地域のお役に立てるのか」を創業者の小林一三の理念に立ち返り、見つめ直しました。
小林一三は若いころから人を喜ばせることが好きで、小説家を志していたようです。実業家となってからは、「大衆第一主義」「ステップバイステップ」「共存共栄」を理念に掲げ、人々の豊かな暮らしを実現するために新たに鉄道を引き、沿線に住宅を開発し、そこに住まう人々を招くという新発想で世界初のターミナルデパートとして現在の阪急うめだ本店を創業しました。
時を経ても息づいているのは、地域に住まう人々のことを常に考え、真に人々を喜ばせたいという思い。そしてそれは、会社創立50周年の社史を読み返すと「夢」と「元気」という言葉で、当時の企業理念にも凝縮されていたのです。
そして改めて、2020年に立てたビジョンを、コロナ禍を経て百貨店がどうあるべきかと考えたうえで見返しました。そこで、確認できたことがふたつあります。ひとつは、同年1月の策定時点においても小林一三の思いをきちんと現代風に表現できていたということ。そしてもうひとつは、ビジョンのフレーズが、コロナ禍が本格化していくなかにおいて、意味のある大切な一語一語であるということを再度強く認識しました。
三觜:実は、私は前職において百貨店のIT部門で業務変革に携わっており、御社へのご支援は2018年から担当しています。当時からすでに百貨店のビジネスモデルや存在価値そのものが問われていましたが、阪急うめだ本店をはじめて訪れ、そこに広がる豊かな賑わいの光景を目の当たりにした瞬間、大きな衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えています。100年にわたり継承されてきたDNAが最前線の接客にも行き届いているのは御社の強み。「やり方次第で百貨店は大きく変われる」「前職で形にできなかったことに改めてチャレンジしたい」という気持ちにさせてもらえたことが、現在の私のやり甲斐にもつながっています。
目指すのは、顧客基点のビジネスモデル「コミュニケーションリテイラー」
三觜:ここからは、新しいビジネスモデル「コミュニケーションリテイラー」について伺っていきます。
2021年7月にエイチ・ツー・オー(H2O)リテイリング全体として目指す新たなビジネスモデル「コミュニケーションリテイラー」が掲げられたのを受けて、グループ企業である阪急阪神百貨店では、コミュニケーションリテイラーを「オンライン、オフラインを問わず継続的なコミュニケーションを通して、一人ひとりのお客様にふさわしい価値・商品・サービスを提供することで、お客様にとっての自己実現を導き、お客様のライフタイムバリュー(LTV)向上を目指すビジネスモデル」と定義し、取り組みを推進されています。
山口:はい、先ほど触れたように、従来の百貨店事業のビジネスモデルだった、モノ販売基点のビジネスモデル「情報リテイラー」が曲がり角を迎えるなか、新たに顧客基点のビジネスモデル「コミュニケーションリテイラー」へ転換することを目指すうえで、ビジネスの発想も大きく転換しなければいけません。
具体的には、これまでのビジネスは「多くの人(マス)を集客し、商品(モノ)の販売を通して売り上げの最大化を成果とする」という発想でした。これを、「個々の顧客との継続的な関係を構築し、コンテンツ(モノ・サービス・体験・情報)を通して、顧客LTVの最大化を成果とする」という発想に転換していく、ということです。
三觜:顧客とのエンゲージメントを深めていくためには、店舗以外の接点も必要だと思います。現在取り組まれている内容についてご説明いただけますでしょうか。
山口:これまではリアルの店舗でお客様と向き合うのがほぼ唯一の接点でした。コミュニケーションリテイラーへの転換に先立って、まずは会員基盤をH2Oグループ全体で統合し、統合された会員IDにひも付くアプリの提供を2025年春過ぎに目指しています。
また数年後に、メディアとコマースを合体させたオンラインサービスを提供することで、お客様の手元にはお客様の自己実現を支援するためのパーソナライズされたアプリ、右手にオンラインのメディア&コマース、左手にオフラインのリアル店舗という、オンラインとリアルが融合した多様な役割をもつお客様との接点を通して、お客様の自己実現を支援する体制づくりを目指しています。
こういう仕組み自体は、先人の企業も導入されていますが、私たちが力点を置くのは「コミュニケーションし続けることで、リアルとオンラインでの体験を通してお客様の自己実現を支援する」という部分であり、関西No.1のリアルの百貨店店舗をもつ私たちならではの強みを生かせると思っています。お客様との関係性を売り場での一期一会に終わらせず、継続的なコミュニケーションとグループで一元化した顧客データを活用することで、一人ひとりのお客様にふさわしい価値・商品・サービスを提供することが可能になります。もちろん、これらの仕組みをつくっても、従業員一人ひとりに顧客に寄り添う気持ちがなければ、絵に描いた餅になってしまいます。すべての従業員が顧客基点の事業モデルへの転換をしっかりと理解し、コミュニケーションリテイラーとしてのマインドをもち続けることが、TO BEモデルを実装させるためには最も大切なことであると考えています。
三觜:コミュニケーションリテイラーの仕組みとそれを形骸化させないためのマインド醸成の重要性がよくわかりました。この仕組みを支える顧客データ基盤の整備や、顧客データ分析の取り組みについてもお話しいただけますでしょうか。
山口:顧客データの基盤については、今はグループ内の何種類かのカードによりばらばらに管理されているIDを統合し、さらにそのIDに個々の顧客の行動をひも付けるといったように、「揃える」「新しい要素を付加する」という整備を進めています。また、顧客データの分析については、分析用のツールを整備して、2023年の夏ごろから阪急うめだ本店、阪神梅田本店、博多阪急、西宮阪急の4つの店舗で分析と施策をテスト的に開始しました。これはいわば準備段階で、2025年からは分析メンバーも増やして全店舗での分析・施策を実施していこうと考えています。
三觜:アプリの話はご指摘の通り、正直、最先端の取り組みとは言えません。しかし、御社の最大の強みであるリアルの体験価値やコミュニケーションをデータ化することが質の高いエンゲージメントセールスにつながると考えています。これは今までにない武器を創造するという意味で非常に有意義なことであり、私たちもぜひ引き続きお手伝いさせていただければと思っているところです。
経営と現場のコミュニケーション強化への取り組み
三觜:ここまで、お客様とのコミュニケーションを深めてCS向上を実現するための仕組みについて話をしてきましたが、従業員満足度(ES)を上げるといったことについては、経営者としてどのような工夫をされているのでしょうか。実際、山口社長は私たちパートナー企業のメンバーの名前も覚えて、気さくにお話してくださいますし、とても風通しの良い企業文化を感じています。
山口:ありがとうございます。私たちは接客業を生業とするわけで、人的資本は非常に重要なファクターです。今後コミュニケーションリテイラーとしてお客様に寄り添い続けていくために、私自身も従業員エンゲージメントを高めることを最重要項目に挙げています。
コミュニケーションツールとしては、会社貸与のスマートフォンを最大限活用しています。冒頭でお話ししたように、2020年4月7日に緊急事態宣言発令後、コミュニケーションが分断されて全社員が苦しい思いをしました。そして、そのなかでも最も苦しい思いをしたのが、入社して1週間足らずの新入社員でした。「これはダメだ!」ということで会社からスマートフォンを全社員に配布することを決断し、会社として一貫して伝えるべき思想や経営方針を伝達していくことを始めました。具体的には、まず経営方針や年度重点取り組みなど、会社の向かう姿や方向性を私から直接社員の皆さんへのメッセージとして動画配信により伝えています。同時に全社員からはアンケートフォームを通して質問や意見、感想などを送ってもらい、それに応えるために、サンクスメッセージの動画を配信しています。
このように経営者がメッセージを伝え、社員が自分ごととして動き、かつ疑問に思うことに関しては声をあげ、それに対するフィードバックによる改善を毎年継続することで、社員とのエンゲージメントを高めていく。加えて、このような取り組みを各部門や各チームでも実施することで会社全体および各組織が自走していくことを目指しています。
三觜:スピーディーなトップの決断が企業文化の醸成につながっているわけですね。
山口:そうですね。あとオンラインだけだとどうしても生の思いや感情が伝わりにくいので、現場を回って組織長との1on1ミーティングや、各支店に赴き社員との直接対話を重ねる場として「トップライブトーク」や店舗巡回なども定期的に実施しています。また、協業・共創パートナーとして参画してくださっているPwCコンサルティングのメンバーの方々にも弊社のビジョンや目指すべき姿など、大きな概念を直接お会いしてお伝えする機会を設けていきます。
三觜:ありがとうございます。社長自らの考えをメンバーが正しく理解して行動することで、私たちの強みがより適切な形で生かされていくと思います。私たちはコンサルティングファームとしての強みを最大限発揮しつつ、互いを補強し合うことでより良い共創価値を生み出していけるのではないでしょうか。
最後に、コミュニケーションリテイラーの本格始動に向け、2023年4月に「カスタマー サクセス アワード」と呼ばれる社内報奨制度を新設されています。今後の展望も含めて、ひと言お願いします。
山口:これは、従来からあった社内報奨制度に加えて、会社のビジョン、バリューに示された指針に照らし合わせて、お客様の自己実現につながる取り組みをした社員を褒め称えようという取り組みです。当初ははじめてのアワードということで社員が構えてしまうなど、紆余曲折もありましたが、結果的には約2,300名がエントリーしてくれました。これは百貨店勤務全社員の5割以上がバリューに基づく行動へのチャレンジを表明したという意味で、大変心強く感じており、今後も毎年継続していきます。
アワードの目的は、「顧客基点で働く」という企業文化を根付かせることに加えて、実は「人財育成」「人財発掘」「ビジネスのタネ発掘」という目的も存在します。会社に貢献している人というのは最前線で働く現場の人が多いのですが、なかなか表には出てこないため、アワードによって報いていく。
また、「ビジネスのタネ発掘」については、大きな実を結ぶタネはどこに転がっているかは予測し難いものです。社員が一人ひとりのお客様に寄り添いながら興味、関心ごと、課題に気づき、共感し、課題解決へと導いていくと同時に、会社組織としては、一人の幸せがより多くの人の幸せへと拡張していくような、再現性のあるタネを発掘していく必要があります。発掘されたタネを会社のサポートのもとで育てていき、新しい仕組みとして具現化することで、世の中に貢献し、事業を成長させていく。これらは全て、会社の責任としてやっていかなければならないと思っています。
三觜:御社のもつ優位性を生かしつつ、コミュニケーションリテイラーという新しい方向に舵を切る、力強い推進力を感じることができました。私たちも、今起きている変化に応じて計画の見直しなども行いながらアプローチを進化させつつ、今後も伴走型の支援をしていきたいと思います。本日はありがとうございました。
Promoted by PwCコンサルティング合同会社text by Sei Igarashiphotographs by Shuji Gotoedited by Akio Takashiro
PwC コンサルティングはプロフェッショナルサービスファームとして、日本の未来を担いグローバルに活躍する企業と強固な信頼関係のもとで併走し、そのビジョンを共に描いている。本連載では、同社のプロフェッショナルが、未来創造に向けたイノベーションを進める企業のキーマンと対談し、それぞれの使命と存在意義について、そして望むべき未来とビジョンついて語り合う。